久米さんは、ギロリと目を光らせて
「小林さん、4つめは何かね」
と聞いた。

 絶体絶命の死地に立ったような気分だった。これまでの知識と経験を総動員して、やっと3つ答えたのだ。それでも4つめが絶対にないとは言い切れない。筆者は立ちすくんでしまった。すると、しばらくして久米さんは次の質問を投げ掛けてきた。
「小林さん、5つめは何かね」

 お手上げである。4つめを言えずに黙っているのに、5つめを答えられるわけがない。報告会の会場は水を打ったように静まり返り、時間が止まった。しかし、それで終わりではなかった。

 「その3つ、次元レベルは同じか」「3つは完全独立事象か」と矢継ぎ早に聞かれた(図2、3)。どの質問にも答えられない。すると、久米さんは不機嫌そうに「君は安全について、まだ何も分かっていない」と言った。このように、さまざまな視点から、時には抽象的な視点を含めて質問するのがイノベーションに対する評価の仕方だ。

図2●技術要素に対する次元レベルのイメージ
図2●技術要素に対する次元レベルのイメージ
高さがほぼ等しい場合は、同じ優先度で取り組む(a)。一方、高さが大きく違う場合は、最も高い要素を優先して取り組む(b)。それぞれの要素の高さは簡単に分からないことが多く、それを把握するのにも熟慮が必要になる。
図3●要素の独立性のイメージ
図3●要素の独立性のイメージ
3つの要素が独立しているなら正三角形で表現する(a)。この場合は、個別に課題解決に取り組める。しかし、2つの頂点が近ければ、その2つは一括して取り組まなければならない(b)。要素が4つの場合は四角形になる。

 最初に答えた3要素は教科書に載っている模範解答だが、それを丸暗記しても安全の上澄みをすくっただけ。要するに付け焼き刃だ。本質は水面下にある。3要素をすくって終わりにしてしまってはダメだ。

 イノベーションにおける熟慮とは、要素を無数に考えて、重要なところを融合させたり、重なる部分を切り取ったりして、最終的に幾つかの本質的な要素にまとめ上げることである。

 衝突安全の要素に関しても、こうした熟慮を重ねて作り上げた3要素ならば、「4つめは何か」や「次元レベル」「独立事象」に関する問いにも即座に、しかも簡単に答えられる。こうした熟慮がしっかりされているかどうかを、判断するのがイノベーションにおける上司やトップの眼力なのである。

 一方、オペレーションの分野、例えば生産ラインの刷新の報告会では質問の内容が全然違う。徹底的にデータが求められる。ライバル会社との比較、期待される成果などをデータに基づいて事細かに詰めていく。タクトタイムや直行率、正味作業時間比率といった具体的な指標ごとに定量的な改善度合いを聞かれる。次元レベルや独立事象といった抽象的なことは一切聞かれない。

 ここではデータの分析力と論理的思考力が武器になる。そしてデータやノウハウを蓄積していくのだ。つまり、このように、イノベーションとオペレーションでは評価の尺度が全く異なるのである。

(聞き手は日経ものづくり副編集長 高田憲一)