一昨年は『モンスターハンターポータブル3rd』の大ヒットをはじめ、5本のミリオンタイトルによって1000億円に迫る過去最高の売り上げを達成したカプコン。その反動もあり、2011年の業績は厳しい状況が予想されるが、同社の辻本春弘社長の表情は明るく「今後のことを考えると、利点しか思いつかない」と意気軒昂だ。既に昨年末に『モンスターハンター3(トライ)G』をヒットさせ、今後も新作の大型タイトルが控えている。しかし、何より辻本社長が期待を寄せるのが、ソーシャルゲームやコンテンツのオンライン配信といったユーザーニーズの変化と、それに裏打ちされたビジネスモデルの変革だ。
(聞き手/渡辺 一正=nikkeiBPnet編集、酒井 康治=日経ビジネス、写真/稲垣 純也)

――まず、カプコンの社長という立場を超えて、業界全体として見た場合、2011年はゲーム産業にとってどんな年でしたか。

「ゲームソフトビジネスは、ユーザーに直接商品を提供するB to Cのビジネスに近づいていく」と話すカプコン代表取締役社長の辻本春弘氏

辻本春弘氏(以下、辻本氏):ゲームも楽しめるスマートフォンがグローバルで急速に台頭し、ソーシャルゲームが1つのジャンルとしてその地位を確立しました。

 また、ゲーム専用機では「ニンテンドー3DS」(以下3DS)と「プレイステーション Vita」(以下Vita)の登場により、国内ゲーム市場は、次世代に向けた投資が始まった、スタートの年と言えるでしょう。

――ゲームのビジネスモデルについても、今は変革の時であると話されています。

辻本氏:例えば、スマートフォンのゲームはパッケージの販売ではなく、ソフト配信型のダウンロードビジネスです。さらに、Vitaや3DSなどの携帯ゲーム機にもゲームをダウンロードする機能が搭載されており、今後多くの配信型のゲームが登場するでしょう。

 そう考えると、ゲームソフトビジネスは、ユーザーに直接商品を提供するB to Cのビジネスに近づいていくことになります。つまり、我々ゲームソフトメーカーは事業形態をユーザーに直接向き合うビジネスモデルに変更しながら、いかにしてB to Cのビジネスに可能性や成長性を見出していくのかが問われています。

 ゲームがパッケージ販売から配信ビジネスに切り替わっていくことは、ゲームソフト業界全体の収益構造が大きく変わることを意味します。ユーザーにとってダウンロード購入が選択肢の1つとなったことで、我々ゲームソフトメーカーの収益構造が改善することも可能となりました。

 例えば、光ディスクの製造費、在庫費用、輸送費などのコストが軽減されることで、利益は改善され、新たな投資のための資金が確保できます。そうしたことを考えると、こんなにも恵まれた産業はないでしょう。

――いろいろな面で、ゲームソフト産業は良いことばかりのように思えます。

辻本氏:ゲームソフト産業は、自動車や家電のような製造業、商品やサービスを店舗で販売する小売業とは異なります。例えば、自動車メーカーが海外で自動車を販売する際、現地で店舗や販売スタッフが必要となるため、土地や人材を確保しなければなりません。

 それらの投資回収に10年程度を想定した場合、本当にその国のマーケットが10年間成長し続けるかどうか検証する必要があります。自動車マーケットが失速したから、次はテレビを作って売ろうというわけにはいかないからです。

 一方、ゲームソフト産業は、ゲームソフト開発のために工場などの設備投資は必要ありません。いわゆる開発費が大部分を占め、その殆どが人件費となっています。そのため、機動的に意思決定をすることができます。

 さらに、今後配信型ビジネスが進むことで、ユーザーへ直接的なマーケティング活動が可能になります。このように、ゲーム業界は非常に効率のいい産業と言えるでしょう。

――デジタル配信でゲームやコンテンツを購入することは、日本でもかなり定着してきましたが、パッケージで購入したい人もまだまだたくさんいますよね。

辻本氏:私は、ゲームソフトメーカー側の都合だけで、配信型ビジネスが素晴らしいという話をしているわけではありません。世の中の流れやユーザーの意識の変化に我々ゲームソフトメーカーが対応していかなければならない、ということです。だから、ユーザーが望むなら、パッケージソフトは現状通り販売することに変わりはありませんので、既存の流通網が不要になることはありません。

 ただ、ゲームソフトメーカーは、ユーザーのニーズに率先して対応することが求められる時代に突入しています。従来のビジネスモデルでは、ユーザーと距離があるため、ニーズに十分に応えられなかったこともあったと思います。ところが、これがネット対応やダウンロード販売などルートが拡大することで、ゲームソフト産業全体で大きなビジネスチャンスが生まれます。

 カプコンは今後もパッケージビジネスを続けていくことに変わりありませんが、パッケージとダウンロードの販売比率はユーザーの購買スタイルによって判断していこうと考えています。

スマートフォン戦略はグローバルな視点で展開