キーパーソン・インタビュー
石黒 邦宏 (いしぐろ くにひろ)氏
ACCESS 専務執行役員 兼 最高技術責任者(CTO)

─テレビ産業にとって、長年の懸案事項だった放送と通信の融合が、スマートテレビという形で本格化しています。

 携帯電話機は「スマートフォン」という従来とは異なる発想の機器に生まれ変わりました。米Apple社がハードウエアやソフトウエア基盤の開発から、アプリケーション・ソフトウエア(以下、アプリ)の流通の構築まですべてを手掛けて、実現した部分が大きいと思います。中心となるプレーヤーが誰になるかはまだ分かりませんが、テレビでもこれと同じことが起きると見ています。

 ここにきて、テレビという機器は価格が急速に下がり、コモディティー化が進みました。それがある程度まで進行した時に、テレビ・ビジネスは大きく変化するでしょう。まさに、携帯電話機と同じ道をたどっていると言えるのではないでしょうか。

─テレビ・メーカーだけではなく、米Google社などのインターネット関連企業もスマートテレビの市場創出に積極的です。

 最近登場しているスマートテレビは、まだパソコンと同じ使い勝手から脱却していないという印象を抱いています。特にGoogle社が推進するテレビ向けのソフトウエア基盤「Google TV」は、その傾向が強い。

 逆に、テレビ・メーカーによるアプローチは、従来のテレビと同じ匂いが残っています。放送を受信して表示する装置というところから、一歩踏み出す必要がありそうです。

─従来の概念から抜け出すには、何が必要でしょうか。

 まずは、スマートテレビで「何ができるのか」「何が変わるのか」を明確に示すことが大切でしょう。その点で今、可能性を感じているのは、ゲーム・ソフトのユーザー・インタフェース(UI)や操作性です。任天堂の家庭用ゲーム機「Wii」が提案したような人の動きによるリモコン操作や、米Microsoft社が家庭用ゲーム機用に開発した入力装置「Kinect」のようなジェスチャー入力などは好例です。テレビのスマート化は、従来のボタン式リモコンや、パソコンの操作性からの脱却なしには進みません。

 例えば、フィンランドのRovio Entertainment社がスマートフォン向けに配信し、世界中で大ヒットした「Angry Bird」というゲーム・アプリがあります。タッチ・パネル操作で鳥をパチンコで飛ばし、敵に当てるという単純なパズル・ゲームです。これは、テレビの大画面を使ったジェスチャー入力に非常に適したコンテンツだと感心しています。

 こうした簡易ゲームが広がれば、テレビでアプリをダウンロードする利用者の行動が当たり前になり、テレビ向けの小額課金システムの普及を後押しするでしょう。利用者はこれまでテレビで何かを買うという体験をしたことがないわけで、その経験値をハードルの低いアプリで上げることが新しい応用分野につながるはずです。

─そうした応用を実現するために、どんな技術に注目していますか。

いしぐろ くにひろ
いしぐろ くにひろ
1967年生まれ。1993年3月、北海道大学農学部農学研究科修士課程修了。SRAやデジタル・マジック・ラボなどを経て、1999 年10月に米IP Infusion社を設立。2006年3月に同社がACCESSの100 % 子会社に。2011年10月より現職。IP Infusion社のCTOなども兼務。(写真:加藤 康)

 次世代のWeb記述言語「HTML(hypertext markup language)5」が、テレビでも応用されるようになるのは間違いない。最初はハードウエア処理能力の制限で、実装は難しいかもしれませんが、最終的にHTML5がテレビでも標準になると思っています。

 そのために、近い将来、テレビに搭載するSoC(system-on-a-chip)や主記憶の容量などのハードウエア基盤は、スマートフォンと同等の水準に高性能化が進むでしょう。スマートフォンやタブレット端末とテレビを連携させる「マルチスクリーン・サービス」の本格化によって、家庭内の機器間でコンテンツをやり取りするための伝送規格「Digital Living Network Alliance(DLNA)」も、新たな応用を生み出す技術基盤として欧米を中心に再び関心が高まっています。

 こうした技術ツールを使いながら、利用者のニーズを理解して、従来とは異なる新しいテレビ・サービスを再構築する。これがテレビのスマート化には不可欠です。

 テレビが低価格になったからこそ、誰でもテレビ産業に革命をもたらせる環境が整いました。好むと好まざるとにかかわらず、この流れは止まりません。新たな市場に踏み込んでいくことが大切だと考えています。