42型が199米ドル

 2011年11月末。クリスマス商戦が始まった米国では、現在のテレビが置かれた状況を象徴する出来事が起きた。小売店の店頭に、格安の大画面テレビが 並んだのだ。感謝祭翌日の「ブラック・フライデー」だけの特別価格ながら、42型の薄型テレビに199米ドル(1米ドル=78円換算で約1万5500 円)、60型に799米ドル(約6万2300円)の値札が付いた例があったという。いずれも、大手家電メーカーの製品だ。

 米国では、売れ筋の薄型テレビの店頭平均価格が5年前の約1/4に下がった(図2)。「消費者が“テレビ”というハードウエアに差異化を認めなくなった 表れだ」。調査会社のエヌピーディー・ジャパン ディスプレイサーチ事業部のバイスプレジデントで、TV市場アナリストの鳥居寿一氏は、価格下落の理由をこう分析する。

図2 テレビ事業、構造改革に待ったなし
ソニーとパナソニックは、2012年3月期の中間決算でテレビ事業の大規模な構造改革を相次いで打ち出した(a、b)。薄型テレビの出荷台数は今後も伸び るものの、売上高は横ばい、もしくは減少傾向が続きそうだ(c)。平均単価は、ほぼ下がり続けている(d)。(データはディスプレイサーチの資料から。 (c)の2011年以降は予測)
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 この市場の変調は、大手メーカーにテレビ事業の見直しを迫っている。2012年3月期の中間決算では、ソニーとパナソニックがテレビ事業の大規模な構造 改革策を相次いで打ち出した。ソニーは7期連続、パナソニックは3期連続の赤字の末にテレビ事業の縮小に踏み切る。薄型テレビの市場シェアで世界トップの 韓国Samsung Electronics社ですら、この1年のテレビ事業の損益はほぼトントンとみられている。米Broadcom社や米Intel社など、薄型テレビ向け にSoCを開発していた半導体メーカーの事業撤退も相次いだ。

 「そして、誰ももうからなくなった」。こうしたため息が聞こえてくるほど、テレビ市場の変調は大きな余波を残した。

付加価値を高められなかった

 先進国の景気後退や、需要の見誤りによる供給過剰など、薄型テレビの価格下落の要因は複合的だ。しかし、それにも増して「長年、新たな付加価値を生み出してこなかったことが、価格競争の激化を誘発した最大の原因」という声は根強い注1)

注1) カラーテレビの普及が一段落した1980年代にも、テレビ・メーカーが激しい価格下落に悩んだ時期があった。「モノクロからカラーへ」という大きな視聴体 験の変化に消費者が慣れ、価格競争が加速した。この時には、CRTの平面化や大画面化など、ハードウエア技術の革新が市場を再生する起爆剤になった。

 「確かにHD化で画質は向上したが、娯楽としての価値を高める努力を怠ってきた部分がある」と、船井電機 執行役員 開発技術本部 副本部長の河野誠氏は自省する。テレビ放送の受信装置という基本機能の他に、ユーザーの視聴体験を大きく変える提案ができなかったというわけだ。

 この悩める薄型テレビに代わり、家庭向けの映像サービスの先導役として名乗りを上げたのが、スマートフォンやタブレット端末である。これらの携帯端末は、インターネットの利用が前提の機器。視聴者の増加が急な動画配信サービスの受け皿として、新たな視聴体験を実現できる可能性を秘めている1)

参考文献
1) 高橋ほか,「“テレビ”は生き残れるか」,『日経エレクトロニクス』,2011年7月25日号,no.1061,pp.69─78.

 今後活発になるのは、いわば携帯端末の「スマートテレビ化」とも言える技術開発だ。動画の圧縮技術や配信技術など、家庭向けの映像技術、そしてサービスは携帯端末での利用を前提に進化し、応用分野の裾野を広げていく。居間に置かれた大画面テレビは、携帯端末と連携しながら、同端末を追い掛ける形で新たな視聴体験を生む技術を進化させる。これが、テクノロジー・ドライバーの交代の意味だ。