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クルマ 自動車の最新技術を追う
 

第3回:期待の右腕(上)

高野 敦=日経ものづくり
2012/04/17 00:00
1/2ページ
出典:日経ものづくり、2008年10月号 、pp.236~239 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

【前回より続く】

 開発総責任者を務めるのは,水野和敏にとって初めてというわけではない。だが,それまでとは違う点もある。商品企画の総責任者を兼務することだ。

 新型車のプロジェクトでは,開発と商品企画のそれぞれに専任の責任者を充てることが多い。商品企画の責任者は,消費者や市場全体の動向から企画を作成し,開発に大まかな指針を与える。それを受けた開発の責任者は,社内外の技術者をまとめ,期日までに車両の開発を進める。ちなみに,日産自動車では,前者をチーフ・プロダクト・スペシャリスト(CPS),後者をチーフ・ビークル・エンジニア(CVE)と呼ぶ。

 CVEといえども,CPSが決めた指針から逸脱することは決して許されない。そういう意味では,CPSはCVEの暴走を防ぐ“お目付け役”でもある。そのCPSとCVEを兼務するのだから,水野に与えられた権力の大きさが容易に想像できるというものだ。自分が持つ権限とそれに伴う責任を思うと,水野は身が引き締まる思いだった。

 それにしても,我ながらよくここまでこぎ着けたものだと,水野は振り返る。それもそのはず,水野はほんの少し前まで「技術者としてはもう終わった」とさえささやかれていたのだから。

レース車の開発で培った経験が水野和敏の原動力となっている。現在は,日産自動車Infiniti製品 開発本部Infiniti製品開発部第二プロジェクト統括グループ車両開発主管 兼 チーフ・プロダクト・ スペシャリスト。 写真(左):田中 昌
[画像のクリックで拡大表示]

冷ややかな反応

 2003年1月,GT-Rの話を断った上で先行開発部門へと異動していた水野は,理想のクルマを追い求めていた。そこで打ち出したプラットフォームは,車両前方にエンジンを,後方に変速機(クラッチ/トランスミッション/トランスファ)を置き,乗員室の居住性と走行性能を両立させるというものだ。このように,エンジンと変速機を物理的に切り離し,変速機とデファレンシャル・ギア(デフ)を車両後方にまとめて配置する設計を「トランスアクスル方式」という。

 多くの前部エンジン・後輪駆動(FR)車や4輪駆動(4WD)車では,エンジンと変速機を一体とし,車両前方に配置している。FR車の場合なら,減速機を経た減速後の動力をドライブシャフトやデフ経由で後輪に伝えるわけだ。

 これに対し,トランスアクスル方式では,減速前のエンジン出力をドライブシャフト経由で減速機に伝達することになる。必然的に,ドライブシャフトに求められる耐久性能や取り付け精度は高くなる。しかも,水野は4WD車を想定していた。つまり,後方のトランスファから動力を再び前方に戻すことを意味する。シャフトがもう一つ必要であり,恐ろしく複雑な構造だ。

 逆に利点は,車体質量の前後配分に関する自由度が高いこと。エンジンも変速機も車両前方に置く場合,理想的な配分に対して,どうしても前方に偏る。その点,トランスアクスル方式は理想的な配分を実現しやすい設計といえる。走行性能が商品力を左右するスポーツカーにおいて,この前後配分は重要な要素だ。だからこそ,水野はトランスアクスル方式に目を付けたのである。

 もっとも,このトランスアクスル方式を採用した市販車は数えるばかりしかない。日本の自動車メーカーで採用しているところは皆無。世界を見渡しても,少数の非常に特殊なモデルで採用されているにすぎない。自動車メーカーが部品共通化を強力に推進しているこのご時世において,これほどまでに複雑な構造を使おうとするメーカーは,そう見当たらないのが現実だった。

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