ところがシャープの技術者は須永が拍子抜けするほど楽観的だった。須永に同行したシャープの技術者は,日本に向かう機内で飄々ひょうひょうと「んー,まぁなんとかなるでしょう」と語ったという。

 シャープ側が吹っ切れた理由の一つは,Microsoft社の技術者と直接会って話すという当初の目的を達成できたこと。顔を突き合わせ激論を交わして,ようやく相手に自分たちの意図を分かってもらえた気がした。実際これ以降,Microsoft社の対応は劇的に改善された。「技術仕様の問い合わせに対して,素早く対応してくれるようになった」(須永)。もう一つはPHS関連機能を自前で開発すると確定したことである。須永の心配とは逆に,タイトなスケジュールだからこそ,自前で全部開発した方がリスクは少ないとシャープは考えていたのだ。

後戻りは絶対にできない

ソフトウエアの開発を担当したシャープ通信融合端末事業部の高木氏
ソフトウエアの開発を担当したシャープ通信融合端末事業部の高木氏

 W-ZERO3のソフトウエア開発を担当した同社 通信融合端末事業部 第1技術部 係長の高木文彦はこう説明する。「3Gケータイ向けのfor SmartphoneにPHS対応機能を組み込むと,シャープからは中身が見えないブラック・ボックスになる。通信関連で何かトラブルが起こった場合に対処できる自信が持てなかった。その点,自前ならすべて手の内にあるから何が起こっても解決は可能と考えた」。

 もちろん,すべて自前で開発する方が全体の開発工数は増える。それより開発の手戻りが発生するリスクを危険視した。「他部門の技術者なら絶対に不可能だと最初からさじを投げていたはず」(シャープの高木)の厳しい開発スケジュールでは,「途中で齟齬そごが生じたら終わり。後戻りやリカバーする時間は一切ない」(高木)。

 「スケジュール最優先」はW-ZERO3の開発にかかわる技術者全員の合言葉だった。筐体や機構部分などの開発を担当したシャープ 通信融合端末事業部 第1技術部 係長の大家おおいえ正之は,2005年4月の開発スタート時点に発売まで残り8カ月と聞くなり,「開発の後戻りを一切許さない体制でやれてもぎりぎり」と直感したという。

「W-ZERO3」の開発にかかわったスタッフ。左からシャープ通信融合端末事業部第1技術部の松村浩至氏,同高木文彦氏,一人置いて,第1商品企画部の中川潤子氏,第1技術部の大家正之氏。中央はウィルコム営業開発部の須永康弘氏

 後戻りを発生させないよう細心の注意を払い,大家らは製品の仕様を徹底的に詰めた。筐体の基本的なデザインは4月に決まっていたから,あとは細部の詰めになる。5月から6月にかけて,シャープとウィルコムの担当者が集まって製品の仕様を入念に確定していった。「担当者が2日間缶詰になって,朝から晩まで会議というのがしょっちゅうあった」(シャープの高木)。 =敬称略