【前回より続く】

 「これはちょっとやばいぞ」。米国からの帰路に就いた機内で,ウィルコム 営業開発部 企画マーケティンググループ 課長補佐の須永康弘は「W-ZERO3」開発プロジェクトの先行きに言い知れぬ不安を覚えていた。W-ZERO3はウィルコムとシャープ,米Microsoft Corp.が共同開発して2005年12月に発売した携帯情報機器(PDA)型のPHS端末である。須永はウィルコム側でW-ZERO3の企画を担当した人物だ。

 W-ZERO3の開発がようやく進み始めた2005年7月中旬,須永とウィルコムの技術者1名,シャープの技術者2名の計4名は,米国ワシントン州Redmond市にあるMicrosoft社の開発拠点に乗り込んだ。W-ZERO3はMicrosoft社の携帯機器向けOS「Windows Mobile 5.0」を採用する予定だったが,Microsoft社の対応が十分でなく,開発の進行に支障を来していた。須永らは米国にいるWindows Mobileの開発陣に直接会うことで,状況を打開しようと考えたのだ。

 米国滞在はたった2日間。須永らは挨拶もそこそこに,数々の疑問を次から次へとぶつけた。「日本から朝にRedmondへ到着したら即ミーティングを始め,昼食を挟んで夜までぶっ通し。翌日も朝から夕方の帰国便の時間までびっしりミーティング」(ウィルコムの須永)。1泊3日の強行軍も仕方なかった。W-ZERO3の開発はそれだけ逼迫ひっぱくしていた。既に12月の発売まで5カ月もないのに,ソフトウエアの開発では解決すべき課題が気が遠くなるほどある。開発を一歩でも前に進めるために,Microsoft社の技術者から引き出したい情報は多岐にわたった。

ゼロからPHS対応機能を開発

 米国に乗り込むに当たり,須永にはある腹案があった。Windows Mobileには第3世代(3G)携帯電話機向けの「Windows Mobile for Smartphone」と呼ぶパッケージがある。このパッケージをW-ZERO3で使えるように,PHSへの対応機能をMicrosoft社に追加してもらおうというものだ。for Smartphoneを利用できれば,ソフトウエアの開発負担を軽減できる。

 しかし会談が始まって早々,須永のアイデアはMicrosoft社の技術陣にあっさり拒絶される。「PHSには全く興味がないと言われた」(須永)。この時点で,W-ZERO3はWindows MobileのPDA向けパッケージ「同for PocketPC」を使うと決まった。

 この決定は,W-ZERO3のPHS関連ソフトウエアを全部,シャープが一から開発することを意味する。ウィルコムとネットインデックスが開発中だったPHS通信モジュール「W-SIM」の制御や音声電話はもちろん,プッシュ型の電子メール・サービスや「ライトメール」と呼ぶウィルコム独自のメッセージ・サービスに対応するソフトウエアが要る。加えて,もともとザウルス向けに開発したハードウエアで,Windows Mobileを動かすためのソフトウエア開発も必要だ。スケジュールの厳しさを誰よりも理解しているからこそ,須永は先行きに不安を感じたのである。