ソニーにとって、スマートフォン向けゲーム市場は同社のゲーム事業の売り上げを高める可能性がある一方、PSPで築いたこれまでの携帯型ゲーム事業を縮小させてしまうリスクを抱えており、「両刃の剣」になりかねない。ここでゲーム事業縮小のリスクがあるのは、スマートフォン向けゲームが、「人」「金」「時間」を奪っていくためだ。

 「人」とはユーザー、中でもカジュアル・ゲーマーを指す。PSPでは、カジュアル・ゲーマーの取り込み役は、2000円弱の廉価版ゲームや、低価格なミニ・ゲーム・シリーズ「minis」だった。ここでスマートフォン向けゲーム事業に乗り出せば、PSPでカジュアル・ゲーマーを取り込めなくなる。

 「金」は、ゲーム・ソフトの単価である。スマートフォン向けゲーム・ソフトは新作でも1本当たりの価格が数百円程度で、無料のものも多い。高価な場合でも1000円台だ。一方、これまでのパッケージ・ソフトは、新作であれば1本5000円程度で販売されている。つまり、スマートフォン向けゲームの台頭は、ゲーム価格の「デフレ」を招く恐れがある。PSP対応ゲームを流通させることで、他のゲーム・ソフト会社からロイヤルティー収入を得るSCEにとってみれば、その収入が減るのは間違いない。

 そして、影響が数字になって表れにくいのが、ゲームで遊ぶ「時間」である。そもそも携帯型ゲーム機の強みは、待ち時間や電車での移動時間など、ちょっとした空き時間で楽しめる点だ。スマートフォン向けゲームは、この時間を携帯型ゲーム機から奪っていく。これが結果的に、PSP本体や対応ソフトの売り上げ減少につながってしまう。

ソニーの命運を握る

図6 コンテンツ配信はQriocityに統合
現在、ソニー・グループでは個別のサービスを通じてコンテンツを電子機器に配信しているが、 将来的にはあらゆるコンテンツ配信サービスを、Qriocityに統合する狙いがあるようだ。
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 従来のゲーム事業を脅かしかねないリスクがあるにもかかわらず、スマートフォン向けゲーム市場に飛び込むソニー。その理由は、同社の真の目的が同社のコンテンツ配信事業全体の拡大にあるからだ(図6)。

 ソニーは音楽配信や映像配信といったコンテンツ配信の分野で、Apple社に大きく差を付けられた。その同社にとっては、ゲーム事業こそがApple社に対抗し得る「伝家の宝刀」である。この武器を最大現に活用することで、Apple社のサービスに一歩でも近づくことを目指す(表2)。スマートフォン向けゲーム・ソフトの配信を入り口に、ソニー・グループが扱う音楽や映像、電子書籍などのコンテンツ配信サービスのユーザー数を拡大するというシナリオを描く。

表2 Apple社とソニー・グループの比較
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