タイトル
ソニーが1981年8月24日に報道発表した電子スチルカメラの試作品「マビカ(MAVICA)」と,それを伝える翌日の日本経済新聞朝刊の第一面。

 1981年8月末。季節は夏の盛りを過ぎ,蝉は最後の力を振り絞って鳴いている。朝の日差しは柔らかさを纏まとい始め,秋の訪れが近いことを予感させる。それは,真栄田雅也にとっていつもと同じ穏やかな朝だった。彼が朝刊を手にするまでは。

 その日,日本経済新聞がトップで伝えていたのは,データ通信回線利用の自由化に関する記事。真栄田の視線はいったんそこに向けられたものの,滑るように真下の記事に落ちていく。真栄田の視線がそれを捉えて離さない。まさか。一字一句漏らさぬように読み終えると,それまでの穏やかな朝の空気を壊すかのように,慌ただしく身支度を整え始めた。

 真栄田が目を留めたのは,ソニーが開発したという新型カメラ「マビカ(MAVICA)」の記事。レンズを通して得た画像をCCDで電気信号に変換し,それを磁気ディスクに記録するという世界初の電子スチルカメラの誕生を伝えるものだ。今のデジタルカメラとは信号にアナログとデジタルの違いこそあるものの,その前身と呼べる画期的な製品だった。

 この記事を,同僚たちはどう受け止めているのか。真栄田は,勤務先のキヤノン本社へと急ぐ。彼が所属するのは,カメラ開発センターのビデオ部隊。そこでは既にこの話題で持ち切りだった。

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真栄田雅也 現在はイメージコミュニケーション事業本部DC事業部副事業部長DCP開発センター所長。
写真:栗原克己

「今朝の新聞見た?」
「見た見た。ソニーのマビカとか何とかいうカメラのことだろう」
「驚いたよ。まさか,ソニーが電子スチルカメラを開発していたとはなぁ。誰か,知ってた?」
「うん,学会では,それに関連した要素技術の話題がちょこちょこ出てたけど…。でも,正直言って,ここまで進んでいるとは思わなかったよ」
「全くだ。写真を見る限り,今すぐにでも発売できそうだよね。交換レンズも付いているらしいし」
「確かに,プロトタイプっていう割には,すごく出来栄えがいいよなぁ」

 ソニーの発表はあまりに突然で,新聞で見るマビカの完成度はあまりに高かった。このことに,真栄田をはじめカメラ開発センターの面々が一様に色めき立ったのも無理はない。彼らキヤノンも,マビカと同じ原理の電子スチルカメラを研究していたのだから。