モバイル・ペイメントにおける仕様の決定権を持つのは、現時点では携帯電話事業者である。携帯電話機で非接触クレジットカード・サービスを提供する場合、アプリケーション・ソフトウエアはSIMカードに格納されるため、海外の金融機関や日本のクレジットカード発行会社は携帯電話事業者の許可なしにはサービスができないからだ。また、クレジットカード決済の決定権を握っていた米Visa World Wide社や米MasterCard World Wide社も、NFC搭載携帯電話を使ったシステムの標準化過程では、ほとんど食い込めず、携帯電話事業者が決めた仕様を受け入れざるを得なかったのは、前回までで述べた通りだ。

 ところが、携帯電話事業者がNFC搭載の携帯電話機を使ったモバイル・ペイメントの支配者であるという状況に、早くも陰りが見え始めている。そのきっかけはスマートフォンの普及にある。最終回となる今回は、今後のモバイル・ペイメントの姿を展望する。

 2007年に米Apple社がiPhoneを発売すると、優れたユーザー・インタフェース、端末の質感、搭載されるアプリケーション・ソフトウエアの斬新さなどが消費者に受け一気に普及した。これに対抗すべく米Google社 が同年にAndroidを発表し、2008年以降、台湾HTC社を皮切りに、米Motorola Mobility社、韓国Samsung Electronics社などから、続々とAndroidを搭載したスマートフォンが市場に投入された。現在、先進国においてフィーチャーフォン(音声通話やSMSを中心とした携帯電話機)からスマートフォンへのシフトが雪崩を打って進んでいるのは、ご存じの通りだ。

 フィーチャーフォンでは、通話をするにせよ、SMSを送るにせよ電話番号が必要なので、携帯電話事業者がそのサービスの中心にいる。ところが、スマートフォンの場合は、音声通話やSMSは数あるサービスの一つでしかない。重要なのはアプリケーション・ソフトウエア(以下、アプリ)の実行環境や、そのアプリやコンテンツを配信するためのマーケット・プレイス、利用者に密着したクラウド・サービスである。これらを持つのはApple社やGoogle社であり、携帯電話事業者ではない。つまり、携帯電話機の仕様を決定できる権限を持つのはApple社とGoogle社なのである。

スマートフォン全盛時代のモバイル・ペイメントとNFC

 では、Apple社とGoogle社が携帯電話機の仕様を決定できる状況において、モバイル・ペイメントはどうなるだろうか。これまでNFC搭載携帯電話機を使ったモバイル・ペイメントは、Visa社の「payWave」やMastarCard社の「PayPass」を実現するアプリをSIMカード上に搭載する方式が考えられてきた。payWaveとPayPassのアプリは携帯電話事業者または、またはその代行者によってSIMカード上に書き込まれる。

 このような仕組みになっているのは、新しい携帯電話機にSIMを差し替えるだけで「移行」が完了するほうが利用者に親切だからである。このことは、携帯電話事業者にとっても都合がいい。SIMカードは携帯電話事業者が管理できる場所であり、ここにペイメント関連の情報を格納できれば、携帯電話事業者の支配力が高まることになるからである。もちろん、端末仕様の決定権を握るApple社とGoogle社がこの状況を許すわけがない。