こうした状況下で携帯電話事業者からVisa、MasterCardに対し矢継ぎ早に難しい要求を突きつけ、一方で主導権を携帯電話事業者に握られたくないVisa、MasterCard側も、その要求に応えないといった事態に陥った。この状況に業を煮やした携帯電話事業者は最終的にVisa、MasterCardとの議論を諦め、NFC商用化にあたって実際にサービス提供者でもある金融機関などを巻き込み、Visa、MasterCardが定めたのではないルールで運用することとした。後追いで、Visa、MasterCardに携帯電話サービスに合った仕組みを認めさせる作戦である。結果として、NFCを契機にモバイル・ペイメントの主導権がVisa、MasterCardから携帯電話事業者に大きくシフトしていくこととなった。

 携帯電話事業者が作りだした仕組みの具体例が、GSMA(GSM方式を採用する携帯電話事業者の団体)によるPay-Buy-Mobileとフランスにおける準商用化プロジェクト”Cityzi”である。

Pay-Buy-Mobileと仏Cityzi準商用プロジェクト

図3 Citiziのプロジェクトの様子1
トラムの停留所でNFCを使って情報を入手しているところ。
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図4 Citiziのプロジェクトの様子2
博物館の展示物の情報をNFCを使って取得しているところ。
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 Pay-Buy-MobileはGSMAが定めたモバイル・ペイメントの標準仕様であり、NFC搭載携帯電話機を用い、ペイメント・アプリケーション(payWave、PayPassなど)をSIMに格納し、店舗のPOS(リーダー/ライター)にかざして利用する方式やその実装方法などを定めている。具体的には、携帯電話機にPINを打ち込んで本人確認を行う、画面に操作方法を示す、といったものだ。Pay-Buy-Mobileは携帯電話事業者を中心に検討が進み、Visa、MasterCardがそこに積極的に関与する機会はめっきり少なくなっていた。

 2007年頃になると、NFCに対応する携帯電話の試作機が一部に流通するようになったので、Pay-Buy-Mobileに準拠したモバイル・ペイメントのトライアルが各地で行われた。トライアルの中でもとりわけフランスの「Payez Mobile」(現在のCityzi)と呼ぶプロジェクトは注目を集めた。それまでは特定の店舗のみを対象とする小規模な試験サービスが多かったのに対し、Payez Mobileは流通業、交通機関、行政なども巻き込み着実に準備が進んでおり、規模感と実現性が感じられるものだったからである(図3、図4)。

 フランスではPayez Mobileの商用化を目指し2008年に主要携帯電話事業者3社(Orange、SFR、Bouygues Telecom)がフランス国内におけるNFC搭載の携帯電話機を使ったモバイル・ペイメントの仕様標準化団体、AFSCM(Association Francaise du Sans Contact Mobile)を設立した。AFSCMには携帯電話事業者の他金融機関、流通業、システムインテグレーターなど19社が参加し、NFC搭載携帯電話機を用いたサービスのためのブランドやロゴマークなどを策定した。

 2010年5月にはCityziというブランド名を冠して南仏ニースで試験サービスが開始され、同時にフランス初のNFC搭載携帯電話機も販売開始された。AFSCMとCityziプロジェクトで中心的役割の担うOrangeは、「携帯電話機は当初、通話地域が限られ、ローミングによって世界各地で使えるようになった。SMSやメールも今では場所を選ばす利用できるようになった。次はNFCで、通話やメールに加えて、支払いや乗車券として携帯電話機をかざして利用するシーンを世界中に展開していく」とNFCに対する期待と展開への意気込みを見せる。AFSCMによるフランス国内のNFC商用化は、今後フランス各地へ広がる見通しである。