ただし、Visa社やMasterCard社はpayWave、PayPassを主流のサービスと位置付けることなく、あくまで接触型ICカードの補完サービスとしていた。つまり、接触型ICカードはどこでも使える汎用的なカード、非接触ICカードは素早く購入できる少額用のおまけサービスというわけだ。このように位置付けたのは、第1に非接触ICカードはかざすだけで決済できる仕様になっているため、セキュリティー面に懸念がある、第2にそもそも接触型EMVを推進していながら、その導入半ばにして今度は非接触ICカードに置き換えるというわけにはいかない、という理由があったためである。最終的に、VisaとMasterCardは、payWave、PayPassを搭載したカードを発行する金融機関に対し、接触型チップ付きデュアルI/Fカードを必須とした。そうすることで非接触IC単独展開を防ぎ、接触型IC(EMV)の利用拡大に結び付けるという戦略だった。

 ペイメント・カードでの非接触ICの搭載方針が決まったことで、商用に向けた動きも活発化してきた。2004~2006年頃までには米国、マレーシアなどで準商用と呼べる非接触ペイメント・カードのプロジェクトが開始され、それ以外の地域でも数多くの小規模試験運用が始まった(図2)。中でも2007年に開始されたロンドンでの非接触ペイメント・カードの試験運用は、決済関連業界の注目を集めた。英国は、それまで非接触ペイメントの採用に慎重だったからだ。そもそもイギリスは接触型EMVの世界展開のきっかけを作った国だったため、イギリスを契機に非接触ペイメントが、世界で普及し始めるのではないかという期待があったのである。

図2 非接触ペイメントの導入および実証実験の状況(2008年~2009年頃)
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 さらに、2007~2008年頃にかけて、日本の「おサイフケータイ」に似たサービスが海外の一部の地域で、試験的に導入される事例も出てきた。最大手の携帯電話機メーカーであるフィンランドNokia社が、NFC搭載の携帯電話の試用機の提供を始めたからである。携帯電話事業者やVisaやMasterCardなどの国際ブランドなどがこの端末を使い、ユースケースや利用者の受容性などの研究を始めたのだ。

モバイル・ペイメントの主導権争いが激化

 このように、欧米では日本ほどに急進的ではないものの、非接触IC決済の分野においてペイメント・カードから携帯電話機へと着実に歩を進めてきたかに見える。しかし、その背後ではビジネス面でのすさまじい覇権争いがあった。

 特に、大きな対立があったのが、携帯電話機メーカーと携帯電話事業者、クレジットカードの国際決済ブランドと携帯電話事業者の間である。まず、前者の対立は、NFCを携帯電話機に実装するにあたりペイメント・アプリケーション・プログラム(アプリ)を物理的に格納する場所をどこに設定するかという綱引きが原因だった。携帯電話機の中にセキュリティー領域(secure element:SE)を設け、そこに格納するとする携帯電話機メーカー(フィンランドNokia社など)に対し、SEはあくまでSIMに格納するとする携帯電話事業者とで意見が大きく分かれたのである。SEにはクレジットカードなどの決済アプリとそれを活性化する個人情報などが格納されるため、それを所有する事業者には「領域使用料」を金融機関などから徴収できるメリットが生まれる。SEには利権が大きく絡むのだ。