モバイル・ペイメントに後ろ向きだった欧米

 日本でおサイフケータイが始まった2004年頃、海外のモバイル・コマースはどのような状況だったのだろうか。当時、総務省の指導でモバイル・コマースを推進していたモバイルITフォーラム(現在財団法人電波産業会・高度無線通信委員会・モバイルコマース部会)では、日本で進むモバイル・コマースの海外への宣伝、および海外視察を通じて海外のモバイル・コマース状況を積極的に調査しており、筆者もその委員を務めていた。

 当時、海外の携帯電話事業者や大手カード・メーカー(決済カード、SIMカードの製造者など)は日本の「おサイフケータイ」を先進事例として注目していた。しかし海外の携帯電話事業者などからは、自国での実現について大きく二つの理由で否定的な意見が多かった。一つは、携帯電話機をかざして地下鉄の改札機を通過する、加盟店で携帯電話機を決済端末にかざして決済するという利用方法は先進的すぎて一般利用者にはなじまないとする意見、もう一つは、日本で採用されたICチップが当時ソニーの独自技術のFeliCaで、国際的に導入が進みつつあった非接触通信技術のType A/B方式(国際標準ISO/IEC14443準拠)とは異なっているという指摘である。

 実際、当時、海外の携帯電話機では通話、SMSなどに限定した単機能のものが多く、着信音やゲームなどのコンテンツ提供が始まったばかりの状況にあり、モバイル・コマースは浸透していなかった。先のモバイルITフォーラムによる調査でも、少なくとも2005年度まで一部の地域を除き海外ではモバイル・コマースの定着を示すような徴候は認められない。

おサイフケータイ開始と同時期には、海外でも既に大都市の繁忙な地下鉄などの乗車券に非接触ICカードが採用される状況にあったが、初期に導入した香港、シンガポール、タイなどを除きType A方式の採用が進んでいた。決済カードも米Visa World Wide社、米MasterCard World Wide社がType A/B方式を義務付けたため、国際標準仕様(ISO/IEC14443)に準拠しないFeliCaの採用は厳しかった。

 おサイフケータイのようなビジネスが欧州で本格的に議論され始めるのは、Orange(France Telecom社の携帯電話部門)などがNFCを用いた実証実験を開始する2009年まで待たなければならなかった。