そして,プレスリリースから約1週間後の22日,記者発表会が開催される。これが,実際に動くtorneを公開する初めての日である。渋谷と石塚,西沢が開発メンバーを代表して登壇した。

 彼らは事前の反響の大きさから多少の自信があったが,その裏で大きな不安も抱えていた。動作不良を起こすバグが一つ残っていたのである。特定の条件下で,安定して放送波を受信できず,番組が映らないことがあったのだ。強い電波と弱い電波が干渉する場所でこの問題が生じるのだが,まさに記者発表会の場所こそが,その条件に当てはまっていた。

 そもそも,アプリケーション(以下,アプリ)やGUIなどを開発する石塚や西沢たちが量産仕様の外付けチューナーを見たのは,この日が初めてだった。

 冷や汗ものの発表会だったが,石塚たちの動作デモは途中で止まることなく,無事に成功する。参加した記者たちの反応は想像以上だった。プレゼンテーションが進むたびに,大勢の記者たちが興奮した面持ちで徐々に前のめりになっていく。

 1月末からは中国の工場で外付けチューナーの量産が始まる。その直前までさまざまなトラブルが生じた。例えば,量産直前にLEDの点灯方法を変更することになり,基板の配線を変えることになった。これも何とかぎりぎりで間に合わせた。

 2月上旬には石塚たちが開発していたアプリが完成(マスターアップ)し,そのデータのBlu-ray Disc(BD)への焼き込みを開始した。ついに,torneのハードウエアとソフトウエアがそろったのである。

裏録ができない

2010年1月22日にSCEが開催した,記者発表会での展示の様子
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「えっ,裏録で動かないゲームがあるって?!」

 石塚は肝をつぶした。安心したのもつかの間,アプリのマスターアップ後に,この重大な問題が発覚した。それは,ゲーム中にtorneでテレビ番組を録画する「裏録」においてだった。

後日発売予定の,ある大作ゲームを事前に入手して検証したところ,裏録を始めるとそのゲームが止まってしまうことが判明したのである。

 裏録がゲームの動作に影響を与えることは,プレイステーションというプラットフォームを提供するSCEとしてはどうしても避けなければならないことだった。ゲーム・ソフトの開発・販売会社に多大な迷惑をかけてしまうからだ。それ故,最後の最後まで検証を行い,問題がなくなるまで裏録対応をうたうことはできない。torne開発のプロジェクト全体を取り仕切る渋谷は,そう考えていた。とはいえ,裏録を問題なく実行するのは,技術的に非常に難しい。