それもそのはずだった。外付けチューナーの検証作業の一環として2009年12月ごろから始まったフィールド試験で,石塚は日本各地を飛び回っていたのである。地デジ視聴が困難と思われる地域を探り,その改善を施すためだ。

右がSCE 第二事業部 設計部5課 課長の宮崎良雄氏,左が同課 チーフの小田桐一哉氏
右がSCE 第二事業部 設計部5課 課長の宮崎良雄氏,左が同課 チーフの小田桐一哉氏

 時間に余裕がないため,そのスケジュールは超過密だった。「8時59分に駅に到着,9時にレンタカーを借りる」といったものまであった。さすがにここまでタイトなスケジュールは予定通りに進むことはなかったが,それでも石塚は食事の時間を削りながら,予定していたフィールド試験を終了させる。2泊3日で13都市を回るなどして,わずか15日間で44の都道府県を回った。

 一方,石塚たちソフトウエア開発チームとは別に,宮崎良雄や小田桐一哉たちハードウエア開発チームもフィールド試験を行っていた。プレイステーション 3(PS3)にtorne,ディスプレイ,室内アンテナ,そして電源ユニットなど,大きな荷物を背負い,まるで本格的な山登りのような格好をして全国各地を回った。

 ハードウエア開発チームは,あらかじめ電波が届きにくそうな場所を調べてフィールド試験に向かった。試験は室内で行うため,その場所の近くにあるホテルに泊まった。

 試験に向く部屋を予約するのも大変だった。ホテル側が指定する部屋は,必ずしも試験に適しているわけではない。望む部屋に泊まれない場合もあった。理由も言わず,部屋の位置や窓の向きなど細かい指定をする小田桐たちを気味悪がって,拒否したのでは,と思えることもあった。複数の男性が同室に泊まるということも,その“怪しさ”を倍増させていた。

予想外の反響

「掲示板が異常に盛り上がっています! 見てくださいよ」

 2010年1月14日。ついにtorneがプレスリリースされた。ユーザーの反響は大きく,インターネット上の掲示板は異常なほどの盛り上がりを見せた。プレスリリースとともに,torneの専用Webページも公開したが,そのアクセス数も驚異的だった。

 torneの快適な操作感を実感する前から,「PS3がHDDレコーダーになる」と,ユーザーから賞賛の声が上がっている。実際に触ってもらえば,さらにすごいことになるだろう。開発メンバーは興奮した。

 開発当初はSCE社内でも懐疑的な目で見られたtorneだったが,このころには「目玉商品」として,大きな期待が寄せられていた。プレスリリース後の反響も手伝って,マーケティング側からは増産の要求があった。それに応えるために,torneの量産開始日を4日前倒しする。