【前回のあらすじ】 2009年末。PS3用地デジ視聴・録画キット「torne」の開発は,いよいよ佳境を迎える。2010年3月の発売に向けた,苦難に満ちたラスト・スパートが,ついに始まった。

発売日にtorneを求めて家電量販店 前に行列する人々
左からSCE 商品企画部 企画3課 課長の渋谷清人氏,ソフトウェアソリューション開発部 2課 1グループ
左からSCE 商品企画部 企画3課 課長の渋谷清人氏,ソフトウェアソリューション開発部 2課 1グループの石塚健作氏,Worldwide Studios JAPANスタジオ 制作部 ゲームデザイングループ クリエイティブデ ィレクターの西沢学氏。

「今更,トルミル機能を取り除くことになるなんて…」

 2010年12月。進捗状況などを報告する定例会議で,ある役員の反対からトルミル機能を「torne」から取り除くことが決まってしまった。この決定にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の渋谷清人と石塚健作,西沢学ら開発メンバーは青ざめた。2010年1月には,torneのプレスリリースと記者発表会の開催を控えている。土壇場での大幅な変更はあり得ない。

 トルミル機能は,「PlayStation Network」に接続したtorneユーザーの視聴・録画の状況を表すもの。役員が懸念したのは,トルミル機能において,視聴あるいは録画予約をしているユーザーの数を数値化して表示する点だった。これは,ユーザーに視聴率を連想させるため,テレビ局の支持を得られない恐れがある。そもそも,発売直後は表示される数値が小さいかもしれない。そうなれば,ユーザーに“使えない”という悪い印象を持たれる危険性がある。これが,役員の反対の理由だった。

 だが,トルミル機能を省いてしまったら,torneの「楽しさ」が半減してしまう。納得しきれないメンバーは会議の翌日の朝,その役員に直談判することにした。そこで一晩かけて,プレゼン資料などを新たに作成し,役員を説得する材料を準備した。

 石塚と渋谷,西沢の3人は,夜を徹して作成した資料を駆使し,その役員にトルミル機能の必要性や楽しさをアピールした。その結果,何とかその熱意が伝わり,限定的ながらもトルミル機能の搭載が許可された。

 ただし,視聴状況を表示する「ミル」だけは実際の数字ではなく,人型のアイコンでおおよその視聴者数を表示するようにした。最後はその労をねぎらうかのように,役員は渋谷たちにぬるい缶ジュースを手渡したという。

移動時間は1分

「あちこち飛び回っているなぁ」

 日本各地のお土産がずらりと並ぶ石塚の机を見て,渋谷は心の中でつぶやいた。ちょっと見ないうちにずいぶんと増えたものだ。