一方,目標とする消費電力に見合うトランスコーダLSIもあるにはあったが,納期に間に合わない。まさに八方ふさがりだった。

 そんなとき,小田桐は,あるニュース・サイトにあった「低消費電力のトランスコーダLSIを開発」という文字に目を留めた。

「これならいけるかもしれない」

 小田桐たちはさっそく,そのLSIを手掛ける富士通セミコンダクター(旧・富士通マイクロエレクトロニクス)にトランスコーダLSIの開発を打診した。読みは当たった。同社のトランスコーダLSIを使えば計算上,チューナー全体で消費電力は2.4Wに抑えられる。加えて,交渉の結果,量産時期を2010年1月に早めてもらうことにも成功した。

 しかも,同社とはかつて,PSP関連で一緒に仕事をしたこともある。そのときの同社の協力は,大きな助けになった。こうした経験も,小田桐や宮崎たちの背中を押した。同社のトランスコーダLSIの採用が決まった。

夏休み返上

「えっ,また試作チップが動かないって!」

 2009年7月末。成田空港の出国ロビーに小田桐の声が響いた。まさにこれから新婚旅行へ旅立とうとする矢先,小田桐の元に動作トラブルを告げる電話が届いたのである。

 数日前,基本動作を検証するためのトランスコーダLSIの試作チップが正常に動かないことが判明した。だが,この問題はすぐさま解決したはずだった。ところが,直した試作チップを基板に実装したところ,再び動かなくなったというのである。やはり,開発スケジュールに無理があったのだろう。その影響が出てしまった。

 しかし,今更空港から引き返すこともできず,小田桐は他の開発メンバーに対策を託しつつ,後ろ髪を引かれる思いで成田を飛び立った。 

 残された開発メンバーは,早速富士通セミコンダクターと協力して改善に取り組んだ。LSIのファームウエアにも問題の原因がありそうだったため,石塚も同行した。

 彼らは8月上旬の夏季休暇を返上し,問題解決に取り組んだ。夏休みが終わるころ,ようやく地デジのMPEG-2 TSのデータを出力するといった,基本的な動作はできるようになった。ただし,この時点ではまだ,H.264へのトランスコードができるまでには至らなかった。

意見が対立