一般にゲーム制作では,ディレクターとなるゲーム・デザイナーがゲームのコンセプト,つまりゲームの「世界観」を決め,スタッフ同士で共有することが重要になる。この世界観がスタッフに浸透することで,ブレないゲーム作りができる。

 逆に言えば,制作現場のスタッフ以外の意見を聞きすぎると,プロジェクトは失敗しやすい。これが,かつて自らゲームをデザインした経験がある渋谷の考えだった。そこで「PS3ならでは」ということをtorneで実現するために,ゲーム・デザイナーである西沢が全体を形作るべきだと決めた。

 西沢は,絵作りや音質などにかかわる部分以外のほとんど,例えば,使っていて快適で楽しいUIの開発などを一任される。「これで,通常のゲーム作りと同じ感覚で開発を進められる」と西沢は思った。

torneの原型が誕生

「えっ,本当ですか!」

「ええ。恐らく外付けHDDに録画できますよ,石塚さん」

 2009年2月。石塚は,PS3のシステム・ソフトウエアの開発を担当する別の技術者たちから受けた報告に,思わず小躍りしたくなった。PS3に外付けしたHDDに,torneで受信する番組を録画できるというのである。ようやく,フルセグ方式で残されていた大きな課題が解決されるめどが立ったのだ。

 石塚は早速,この話を西沢にも伝える。完全に保証はできないものの,技術的には,外付けHDDへテレビ番組を録画できそうだ,と。

 この話に加え,西沢はPS3の内蔵HDDの容量が次期モデルで増えることや,SCEが大容量HDDへの換装サービスを始めることを耳にしていた。ハードウエアの開発チームからは,MPEG-4 AVC/H.264での圧縮の見通しも付きつつあると聞いていた。フルセグ方式に基づくPS3用録画機を開発する材料はそろった。

 西沢は,番組の視聴を主体としたテレビ・パーティーの企画を捨て,PS3のユーザーが番組を手軽に視聴・録画できる「カジュアル・レコーダー」の企画を新たに練り始めた。

 西沢はまず,torneのコンセプト,つまり,世界観を定めた。その柱に据えたのは,リビングに置いても違和感を覚えない「インテリア性」と,操作して楽しい「エンターテインメント性(楽しさ)」の二つだった。カジュアル・レコーダーとして,男性だけではなく,女性にも使ってほしい。こうした考えが,世界観のベースにあった。

 では,この世界観を実現し,PS3で手軽に録画できるという商品価値を生かすために必要な機能は何か。西沢と石塚は議論を重ねた。その結果,①高速で快適なGUI,②PSPとの連携,③ネットワーク対応,といった機能を搭載することに決まった。

torneでは,PSNに接続したユーザーを対象に番組の視聴・録画の状況を表示できる。例えば,録画に関しては,その番組を録画予約しているユーザーの数を示 す「トル」機能がある。
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リモートプレイを使うことで,torneをPSPで操作し,番組を視聴できる。
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 ①のGUIは,HDDレコーダーといった専用機よりもサクサクと動く,軽快な番組表などを含む。マイクロプロセサ「Cell Broadband Engine」やグラフィックスLSI「RSX」という,PS3が搭載する高い処理能力のハードウエアを活用する。この部分が,torneの肝である。

 ②は,無線LAN機能を使ってPSPで遠隔操作する「リモートプレイ」や,PSPへの録画番組の書き出し機能を指す。③は,PSN(PlayStaion Network)を使い,ユーザーの視聴・録画予約の状況を視覚化する「トルミル機能」のことである。同機能を盛り込むことで,ユーザー間の連帯感を意識させる,いわゆる「ソーシャル機能」を実現できる。これが,テレビの視聴・録画のエンターテインメント性を高める。

 2009年4月。渋谷と西沢,石塚たち開発メンバーの面々は,SCE 代表取締役社長の平井一夫をはじめ経営陣たちに,torneのビジネス・プランを説明した。その結果,見事,torneはSCEの正式な商品開発プロジェクトとなる。渋谷が先導した,経営陣を説得するための下準備が効いた。