【前回のあらすじ】 2008年4月に開かれたアイデア会議で,地デジの視聴・録画をPS3で可能にする周辺機器「torne」の原案が持ち上がる。当初は複数あった案も,フルセグ方式とワンセグ方式の2案にまで絞られた。ところが,ここからがなかなか進まなかった。この状況を変えたのは,ある男が商品企画に加わってからだった。

(写真:人物は加藤 康,そのほかはSCE提供)

「ワンセグなんてあり得ません。この企画はフルセグでいきます!」

渋谷清人氏

 2008年10月。商品企画部に異動し,torneの開発に携わるようなった渋谷清人(現・ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE) 商品企画部 3課 課長)は,開発メンバーたちの前でこう宣言した。携帯電話機の小型画面ならまだしも,プレイステーション3(PS3)を使い,大型のテレビ画面で映像を楽しむならフルセグしか選択肢はない。渋谷は,そう考えていた。

 当時の開発チームでは,通常の12セグメント放送(フルセグ)に対応した地上デジタル放送用チューナーを一つ利用するか,あるいは1セグメント放送(ワンセグ)に対応した地デジ・チューナーを四つ利用するかで意見が割れていた。渋谷はtorneの開発にかかわる前から,この状況を知っていた。

 開発チームの主要メンバーで,技術開発を取り仕切る石塚健作(ソフトウェアプラットフォーム開発部 2課 1グループ)も,フルセグ方式が良いと考えていた。アップコンバートができるとはいえ,ワンセグの映像を大画面で見るのは消費者に受け入れられないだろう。その考えは,torneの企画などを練るゲーム・デザイナーの西沢学(Worldwide Studios JAPANスタジオ 制作部 シニアゲームデザイナー)にも共通していた。

 ところが,石塚の上司がワンセグ方式を推していたため,なかなか案を一本化できなかった。ここに,商品企画サイドの人間として,torneの商品開発を統括する渋谷がフルセグ方式の採用を強く主張したことで,開発はフルセグ方式へと大きく傾き始めた。