アイデア会議の結果,torneの原型を含め,PS3向け地デジ・チューナーに関して10個ほどの案がリストに記された。その後,石塚たちは,10前後あったアイデアをふるいにかけていった。当時はまだ正式なプロジェクトではなかったため,石塚たちは主要業務の合間を使って検討を進めた。

「残ったのはこの2案か」

 検討を始めて約2カ月で,石塚たちは案を二つにまで絞った。一つは,通常の12セグメント放送(フルセグ)に対応した地デジ・チューナーを一つ利用するもの。もう一つは,1セグメント放送(ワンセグ)に対応したチューナーを四つ利用するものである。

 両案にはそれぞれ一長一短があった。フルセグ1チューナーの場合,ワンセグに比べて映像はきれいなものの,一般の外付けチューナーとの差異化を図るのが難しい。しかも,当時のPS3のHDD容量は100Gバイトにも満たない。フルセグ映像を録画すれば,たちまちHDDはいっぱいになってしまう。一方,ワンセグ4チューナーは,4番組を同時に視聴できるなど目新しさを出せる。録画データ量もフルセグより少ない。だが,ワンセグの画素数は320×240と,フルセグのHD映像に比べて画質が劣る。

 石塚自身はフルセグ方式が良いと考えていた。アップコンバートができるとはいえ,やはりワンセグの映像を大画面で視聴するのは物足りない。 とはいえ,フルセグ方式を採用しつつ,一般的な外付け地デジ・チューナーとどのようにして差異化するのか。しかも,PS3の周辺機器である以上,PS3よりも安価にする必要がある。掛けられるコストに限りがある中,機能を絞りつつ,「PS3らしさ」を表現しなければならない。開発のハードルは高かった。

手に入れた二つの武器

西沢学氏
西沢学氏

「何とかフルセグ1本でも戦える武器が欲しいな」

 そう考えた石塚が目を付けたのが「高速な操作」だった。石塚は,自分が使っていたHDDレコーダーの操作性に少なからず不満を抱いていた。ゲーム機での操作と比較して,番組表など各種操作が緩慢だったからだ。

 操作性の良しあしは数値化しにくく,カタログ上でもユーザーに訴求しにくい。実際に触ってもらって,初めて分かる特徴だ。それ故,レコーダーなどでは,HDD容量の増加など,ひと目見て分かるスペックの向上に力点が置かれる傾向にある。PS3向けBD再生ソフトウエアを開発した経験のある石塚は,レコーダーの開発におけるこうした内情を知っていた。

 それだけに,PS3の周辺機器としてなら,レコーダーのようにカタログ・スペックを気にせず,操作性の向上に十分に注力できると考えた。そもそもPS3は,マイクロプロセサ「Cell Broadband Engine」(以下,Cell)とグラフィックスLSI「RSX」という,高い処理能力を持ったハードウエアを備える。これらを生かせば,高速で快適な操作が可能になる。