移動体向けモータは従来とは違い,定格運転の効率で性能を判断できない。例えば,自動車では坂道を上る際の低速・高トルクの状態から,高速道路を巡航する際の高速・低トルクの状態まで,幅広い運転領域を必要とする。そのため,モータは低回転から高回転までのどの領域でも,効率が高いものが求められている。

 移動体向けモータでは現在,ネオジム磁石を用いた永久磁石式同期モータ(PMSM)の利用が進展している。同モータは,ネオジム磁石の強い磁力(磁束)を用いて高いトルクを得ることができる。PMSMは特性上,低回転時に高いトルクが生じ,最大回転数はモータの逆起電圧が電源電圧と釣り合うところで決まる。

 自動車の場合,低速時は坂道発進などで高いトルクが必要となるため,搭載するモータの磁石にはそのようなトルクを発生させる大きな磁力が求められる。だが,この磁力は平坦な道路を走行するといった通常運転では必要以上に強い。一方,高速運転時ではモータを高速に回転させる必要があるが,モータに搭載する磁力が強いほど高速回転させたときのエネルギー効率が悪化してしまう。

 モータの最大回転数は逆起電圧で決まるため,磁力が強ければ強いほど,逆起電圧が高くなることが原因だ。最大回転数を高めるには,永久磁石の磁束を打ち消すように,「弱め界磁」と呼ぶ電流を流して,逆起電圧を下げる必要がある。だが,この弱め界磁による電流の銅損によって,高速回転時の効率が低下してしまうのだ。

 こうしたPMSMの課題に対して最近,モータの構造を見直す動きが始まった。技術の根底となるのは,回転数に応じてモータで発生する磁束を変化させることだ。その手法はさまざまだが,①可変磁力方式,②界磁コイル方式,③巻き線切り替え方式,の三つに大別できる(図1)。①の磁力可変方式は,永久磁石の磁力を変えてしまうというもの。磁力を変えられるサマリウム・コバルト磁石が登場したことにより,脚光を浴びてきた。

図1 モータの構造を変えて磁束分布を最適化
低回転から高回転までのどの回転域でもモータの効率を高めるため,モータの構造を改良する動きが活発化している。
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 ②の界磁コイル方式は,コイルに流す電流を変化させて,磁束を変化させるというもの。電流を常に流す必要があるが,永久磁石がなくても磁力を高めることができる。③の巻き線切り替え方式は,ステータの巻き線を二つに分割しておき,低回転時はすべての巻き線に,高回転時は一部の巻き線だけに電流を流すことで,低速時と高速時で効率を変えられるというもの。①や②に比べて切り替え段数は限られるものの,既に実用例がある。

洗濯機で実用化