【前回のあらすじ】4.6LのV型8気筒エンジン,8段変速トランスミッション,人の検知や後突にも対応したプリクラッシュ・セーフティー・システム―と,レクサスのフラッグシップたらしめる先進技術を投入した「LS460」は完成した。LS460の新車発表会当日,チーフエンジニアの吉田守孝はひと時の安息感に包まれる。しかし,LSの開発はまだ終わっていなかった…。

吉田 守孝 トヨタ自動車 商品開発本部レクサスセンター チーフエンジニア 写真:早川俊昭
藤田浩一 吉田 守孝 トヨタ自動車 商品開発本部レクサスセンター チーフエンジニア
写真:早川俊昭

 2006年9月19日。「レクサス LS460」の新車発表会が終了し,吉田守孝にとっての特別な一日が終わろうとしていた。雨粒が滴り落ちる窓ガラスの外には,既に漆黒の闇が広がっている。そこに映った自分の顔を見つめていると,頭の中ではさまざまな出来事が浮かんでは消えていく。レクサスブランドのフラッグシップとして最先端技術を惜しみなく投入したこと,それを高いレベルの品質で実現するために幾多の試練を越えてきたこと…。しかし,これですべてが終わったわけではない。8カ月後には,「もう一つのLS」を世に送り出さねばならないのだから。それは,吉田にとってLS開発の総仕上げだった。

 実は,4代目となった今回のLSでは初めて「1エンジン,1ボディ」という伝統の殻を破った。これに対し周囲からは当然反対の声が上がる。吉田は,ブランド価値の向上と収益の確保を両立するためにはバリエーション展開が不可欠と説いて回った。それが,もう一つのLS,高性能パワートレーンを搭載した「LS600h」と,そのロングホイールベース版「LS600hL」にほかならない。

 しかも吉田は,LSブランドの象徴となるそれらのパワートレーンに,エンジンとモータを組み合わせるハイブリッド・システムを選択するという「賭け」に打って出た。この決定を下した2002年,ハイブリッド車といえばプリウスが代表格だった。環境性能の高さは認めるが,それでLSにふさわしい世界トップ水準の性能やドイツのプレミアムカーを凌ぐ高級感を演出できるのかと,吉田の下には,特に営業サイドを中心に不満や不安が多数寄せられた。それがどれほどの重圧だったか,今思い返すだけで胃が痛くなる。

 それでも吉田が信念を曲げることがなかったのは,V8エンジンとハイブリッド・システムを組み合わせた試作車に乗って体感した,背中がシートに押し付けられる力強い加速感をはじめ,そこに未踏のポテンシャルの高さを感じ取ったから。そして営業サイドをはじめ関係者の不満や不安を,吉田は試作車に乗ってその一端を体験してもらうことによって解消していったのである。

 そういえば今日,あいつも東京に来ているはずだ。吉田の脳裏を,ある男の顔がよぎる。定方理。吉田のこの開発に懸ける強い思いを乗せたLSハイブリッドの仕上げを託した男だ。

「それは,限りなく」

 吉田がLS460の新車発表会の壇上に上がっていたとき,定方はトヨタ自動車の東京本社にいた。海外の販売店などから招いた人々に,LS600hの概要を説明するためだ。

「LS600hは,排気量を5.0LにアップしたV8エンジンと高出力モータを組み合わせたハイブリッド・システムを搭載することで,6L車に匹敵する動力性能を持ちながらも3L車並みの低燃費,そしてレクサスブランドのフラッグシップにふさわしい静粛性を実現しています」