米国の放送・映像関連業界では,ネット配信動画を「over the top video(OTT)」と呼ぶ。これは,従来型のCATVや衛星放送,光回線を使ったテレビ向け映像サービス(telco TV)の“頭越し”に視聴者に届く動画という意味だ。

 OTTを使ったテレビ向けサービスが本格化すると,CATVなどの契約数が減少してしまうと危機感を持つ業界関係者は多い。実際,米調査企業のSNL Kagan社によれば,2010年4月以降に,CATVなどの従来型サービス全体の契約数は初めて減少に転じた。長引く不況の影響も大きいが,OTTの台 頭を減少の背景に挙げる声も多い。

 OTTは,視聴者が支払う料金が従来型サービスよりも安価で済む。例えば,米Netflix社のVODサービスは,月額7.99米ドルで見放題だ。単純 比較はできないが,月額100米ドルを超えることもあるCATVの料金よりも圧倒的に安い。OTTは,パソコンや携帯電話機でも楽しめるし,CATV向け STBなどよりもUIが魅力的だ。DVDやBDなどのパッケージ市場が縮小する中,CATVや衛星放送の契約数減少がメディア大手の業績に与える影響は大 きい。番組提供のライセンス収入が減少するからだ。スイスのCredit Suisse Groupのように,テレビ向けOTTの台頭でメディア企業の株価が下がると予測する大手金融機関も出てきた。

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図A-1 閉じた業界をインターネットが動かす
Verizon社のテレビ向けサービス「FiOS TV」の画面。同社のネットワークを使ったサービスを開発できるソフトウエア開発キットを外部企業に提供している。写真は,ニューヨーク市が開発したサー ビスで,道路交通状況を撮影した定点カメラの映像を配信している様子。

 このため,パソコン向けに提供しているOTTを,テレビで自由に視聴させることに懐疑的なメディア企業は多い。現状では,無料のOTTから収益を上げる 枠組みがないためだ。米国の人気テレビ・アニメ「South Park」をパソコン向けに無料配信するSouth Park Digital Studios社でSenior Vice Presidentを務めるGreg Kampanis氏は「テレビで視聴する際には,何らかの手段で課金する必要がある」と指摘する。

 一方,従来型サービスがOTTと同じ方向性のサービスや機能を取り込む動きもある(図A-1)。CATV大手は,CATVサービスで流している放送コン テンツを,インターネットを使って配信するサービスの準備を進めている。これにより,パソコンなどでも放送コンテンツを視聴できるようになる。光回線を使 うtelco TV型のサービス「FiOS TV」を手掛ける米通信大手のVerizon Communications社は,同社のサービス向けに外部企業が応用ソフトウエアを開発できる仕組みを用意した。