品質改善を継続的に実現するには、各従業員の仕事を明確に定義したり、社員教育の実施が重要になる。筆者は具体的に何をやったのか。

 前回までに紹介した取り組みによって,私は指揮系統を整え,さらに各従業員における仕事を明確に定義した。言い換えると,自分勝手で都合の良い思い込みが入り込む余地をなくしたわけだ。これには,生産データの収集と帳票発行に向けた,ちょっとした情報システムを作ったことが貢献した。

 例えば,「Problem Solution Action Plan」という帳票を用意した。これには課題解決のステータスと期限が記載されている上,朝/昼/晩と1日3回更新されて発行される。従業員は,この通りに業務を進めないと私からどやしつけられるし,それができていれば褒められるという仕掛けだ。

 以上を基礎に,従業員の階層別教育を実施した。一般の作業員に対する内容は,基本通り「ほうれんそう(報告,連絡,相談)」と「5S(整理,整頓,清掃,清潔,しつけ)」である。5Sに関して私はもちろん,ごみを拾って歩いて見せた。すると2010年春には,現場の従業員が清掃の徹底度で競争してくれるようになった。班ごとの清掃状態を記した紙を,工場の壁に張りだしたのだ。

必ずマネジャーに解決させる

 リーダー級の従業員には,データに基づいて論理的に考える癖を付けさせている。特別に難しいことを教えているわけではない。日常業務で用いている言葉の定義を問い掛けたり,5W2H(when,where,who,what,why,how,how much)をそろえてから話し始めるよう要求したりしている。本当は,仮説を持ちながらデータを収集し解析してほしいところだが,そこには到達できていない。

 マネジャーに対しては,部下に何かをやらせればマネジャー自身に責任が生じるということを教えている。なんと当たり前なことを,と思うかもしれないが,こうした覚悟は簡単に身に付けられるものではない。だから私は,マネジャーの部下が問題を起こしたときに,マネジャーに一切の言い訳を許さない。必ずマネジャーに解決させている。

 こうしたプロセスを経た2010年夏には,やっとまともな工場運営がなされるようになった。私が考案し作成した生産工程管理表を,マネジャーが日々奪い合うように入手して現場管理や改善に使っている(図3)。

図3 生産状況を管理する帳票の例
筆者が作成した帳票のうち,中国側に好評だったものの一つ。上半分の過去の実績と見比べながら,現在の生産ロットの不良率を細かく確認できる。
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中国は本当の工業国になれるか

 最後に,私が抱いている疑念を参考までに記したい。それは,中国が本当に工業国として発展し続けるのか,という点である。中国における企業別輸出金額を見れば明らかなように,外貨を稼いでいる企業は台湾系を中心とする外資ばかりである。海外市場で勝負できている中国資本のメーカーはLenovo Group Ltd.(聯想)やHuawei Technologies Co.,Ltd.(華為)などにとどまる。

 こうした疑念を抱く根拠は,主に二つある。一つは,若者に「将来何になりたいか」あるいは「あなたの夢は何か」と聞くと,おしなべて「お金持ちになりたい」と答えることである。金銭の多寡ばかりに価値の尺度を置いている彼らが,人々を喜ばせる製品を創出できるとは思えない。

 もう一つは,アンフェアな取引に手を染めている人を見たときに,うらやましいと思う中国人が多いことである。こういう人達はいけないことをしていると,考えられないのだ。職権を利用したわいろ,ピンはね,中抜きは,残念ながら中国の日常風景である。彼らは,見える範囲の人々がハッピーならばそれでいい。

 例えば,資材調達部の中国人従業員が,100元の部品を90元で購入できると社長に報告してきたとしよう。これを,そのまま信じてはいけないのだ。見える範囲の人々が喜ぶスキームができている可能性がある。正味の販売価格は,実は60元であり,納入業者の営業担当が10元,購買担当が10元,購買マネジャーが10元,それぞれ自分の懐に入れているかもしれない注2)

注2) 中国企業を相手に価格交渉をすると,予想以上に値段を下げられる場合が少なからずある。これは中国企業が減価償却(投資回収)を組み入れた原価計算を,元からしていないためだ。台湾企業は,こうした落ち度に付け込み,ひたすら価格をたたくことがうまい。

 こうした不正に鈍感な日本企業は,中国人にとって「おいしい」企業と,評判が高い。一方,性悪説の立場を取ることに慣れている欧米の企業は徹底的に監査しているし,台湾系企業に至っては中国人をなるべく購買業務に当たらせない。担当させるときには,台湾人経営者の家族を監視のために配置することが多い。

 工業製品は,地道な努力を積み重ねなければ,市場でめったに競争力を得られるものではない。こうした現実と公正さを追求しない中国の文化は,相容れないのではないだろうか。