COLLEGE 製造業の“本当”を探求
 

第7回:そんなに安くできるはずがない(上) 

蓬田 宏樹=日経エレクトロニクス
2011/04/12 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2010年2月22日号 、pp.118-120 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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前編より続く
内海はNokia社との付き合いを深める中で,欧州市場の視察も頻繁に行っていた。左上は,英国にあったTandy社の小売店である。右上は,中国の東莞に設けた製造工場。下は,韓国の馬山の工業団地の初期の景色である。 (写真:花井 智子(中央))

世界最大の携帯電話機メーカーであるNokia社の躍進の礎となったのは,
Tandy社との合弁で,韓国に設立した工場だった。
内海信二はTandy社のアジア担当として,この工場の立ち上げに奔走した。
ようやく生産が軌道に乗り始めたころ, 内海はNokia社から1本の電話を受ける。

「内海さん,電話です。フィンランドから」

 1985年,内海信二(当時はタンディー・エレクトロニクス・ジャパン 代表取締役社長)は韓国の馬山にある工業団地に,フィンランドNokia Corp.と米Tandy Corp.の合弁工場であるTandy Mobira Corp.(TMC)を立ち上げた。

 課題だった量産ラインの調整にようやくメドが付き,携帯電話機の製造はなんとか軌道に乗り始めた。出荷した携帯電話機は,Tandy社が経営する家電チェーン「Tandy RadioShack」の購買担当者(バイヤー)の評価も高かった。さらに増産を進める方向で話がまとまるところまでこぎ着けていた。そんな矢先,Nokia社から1本の電話がかかってきた。

「はい,内海です」

 電話口から返ってきた声は興奮していた。

「内海さん,どういうことですか。価格ダンピングをしているんじゃないだろうね」

「何のことですか?」

 内海が電話口で問いただすと,Nokia社の担当者は,内海が作成した価格見積書の内容に驚いて,電話をかけてきたことが分かった。彼は,内海が経営するTMCの携帯電話機の製造における部品コストの見積もりが,あまりにも低すぎると考えていたのである。

「これはフィンランドの部品調達コストの1/2だ。こんなことはあり得ない」

 内海はようやく合点がいった。ああ,そのことか。それは,まあびっくりするだろうな。

「何もおかしいことはありません。もちろん,価格ダンピングのような,不当なことは一切していませんよ」

 内海は内心,してやったりと思いながら,努めて冷静に振る舞った。

日本で部品を調達

 内海が,Nokia社の担当者を驚かせるほど部品コストを低減できたのには理由がある。主要な部品の多くを,日本のメーカーから調達したのである。

 TMCが発足した当初,製造する携帯電話機の設計はすべて,フィンランドのサロ市にあるNokia社の移動通信事業部の本拠地で行っていた。加えて,利用する部品も欧州で調達し,韓国に輸送していた。つまりTMCは,組み立てだけを担当する状況だったのだ。

 TMCの携帯電話機製造はこの形でスタートしたものの,すぐにTMCのスタッフや内海は疑問を感じ始めた。わざわざ韓国まで部品を持ってくるなんて,ナンセンスじゃないか。携帯電話機で利用する高周波部品の多くは日本の部品メーカーも手掛けており,価格競争力もあった。部品は日本メーカーの国内工場か韓国工場から調達した方が安くあがるのではないか,と考えたのだ。

 内海らは,Tandy RadioShackの日本での購買業務を引き受けていたA&Aジャパンのスタッフの力を借り,日本メーカーから部品を調達した。この部品でNokia社の設計による携帯電話機を,試しに製造してみるためである。

 この時に,日本の部品メーカーを駆けずり回ってNokia社の設計に適合する部品を探したA&Aジャパンのスタッフの中には,後にノキア・ジャパンの初期メンバーとなる橋田公雄などがいた。

フィンランドにも波及

 部品を日本製に切り替えて試作すると,なんと部品コストを40~50%も低減できた。しかも,通話など品質面でも申し分なかった。この時に採用したのは,高周波フィルタやTCXOといったRF回路部品,コネクタ,小型2次電池などだった。

 具体的にはTDKや村田製作所,三菱電機,ヒロセ電機などが部品を提供したという。このほか,放熱部品なども日本の部品を利用した。当時は携帯電話機の内部にも,ヒートシンクが使われていたのである。

 内海やA&Aジャパンのスタッフが実現した部品コストは,Nokia社を驚嘆させる。メリットがはっきりしている以上,Nokia社の決断は早かった。

「携帯電話機の構成部品を,なるべく日本で調達する」

 Nokia社は韓国のTMCで製造する携帯電話機だけではなく,フィンランド本国で生産する携帯電話機にも,積極的に日本の部品を採用する方針を打ち出した。部品コストを大幅に削減できる「日本」という地域をうまく使えば,高い収益性を確保できると踏んだのである。

 この時の経験が,Nokia社に「日本で部品を買うと安く作れる」という認識を強烈に植え付けることになる。Nokia社は当時,テレビやゴムといったさまざまな事業分野を抱えるコングロマリット経営から,移動通信事業に特化した会社へと大きく舵を切っているところだった。Nokia社の戦略変更の背景には,日本の優秀な部品があったのである。

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