前編より続く

「そりゃ困ったなー。取りあえず皆,韓国に帰ってきてくれ」

取引先に助けを求める

 当てが外れた内海は,途方に暮れるしかなかった。Tandy社のバイヤー(購買担当者)とは既に,携帯電話機の納期を約束してしまっていた。1台1台手作業で作っていたのでは,予定の製造数を確保できない。

 そこで内海はまず,韓国国内で家電機器の自動化製造ラインを手掛ける企業に,片っ端から声を掛けた。韓国Hyundaiグループのある企業から,自動化設備に精通した技術者を引き抜いたりもした。しかし,肝心の携帯電話機の自動化量産ラインに関する運営ノウハウが得られない。当時の韓国にはまだ,こうした製造設備を保有する企業がなかったのである。

 困り果てた内海は,日本で世話になっている顧客や取引先に相談してみた。すると,内海が以前から懇意にしていたあるメーカーの事業部長が,系列の製造会社で携帯電話機の生産に携わっているという話が耳に入ってきた。内海は早速, その事業部長─仮にM氏とする─と,会う約束を取り付けた。

内海さん,ケータイでしょ

「久しぶりです。お元気でしたか」

「まぁぼちぼちですな」

 ひとしきりM氏と世間話を交わした後,内海は思い切って口に出してみた。

「Mさんのところでウチの社員を10人ばかり,鍛えてやってくれないかな」

 するとM氏は,ニタっと笑いながら答えた。

「内海さん,目的は携帯電話でしょ」

 M氏が率いる工場は国内屈指の携帯・自動車電話機の製造工場で,自動化も進んでいた。内海は研修を名目に技術者を製造ラインに潜り込ませ,少しでもヒントを得られないかと考えたのだ。だが,そんな内海の思惑を,M氏は既にお見通しだった。

 製造ラインの運用ノウハウは,工場の付加価値の源泉である。やすやすと開示できるものではない。しかも,対象は最先端の携帯電話機。内海の依頼は,常識外れと言えるものだった。ところが…。

「2週間だけなら,ええよ」

 驚くべきことに,M氏は内海の依頼を聞き入れたのである。M氏の本心は分からない。内海はかつて,M氏の手掛けた製品をRadioShack向けに,大量に購入していた。そのことに恩義を感じてくれていたのかもしれない,と内海は振り返る。いずれにしても,困り果てていた当時の内海にとって,M氏は救いの神以外の何物でもなかった。