COLLEGE 製造業の“本当”を探求
 

第1回:電卓戦争からコンピュータへ(上)

蓬田 宏樹=日経エレクトロニクス
2011/03/22 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2010年1月11日号 、pp.110-112 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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ラジオや電卓,ポケコン,ノート・パソコン,そして携帯電話まで,
国内メーカーの電子機器を世界市場で販売した家電バイヤー,内海信二。
彼の足跡から,日本企業の海外進出の歴史を振り返る。

(写真:花井 智子)

 まずは,上の写真をご覧いただきたい。セピア色の古めかしい集合写真に納まっているのは,シャープ2代目社長の佐伯旭や,樫尾四兄弟の三男でカシオ計算機・現社長の樫尾和雄,そして元アスキーの西和彦,ノキア・ジャパン最高顧問の橋田公雄などなど。いずれも,日本の電子産業の発展を牽引した面々の若かりしころの一コマである。

 これらすべての写真で,彼らの傍らに写っている人物が一人いる。それが,これから語る物語の主人公,内海信二である(上の写真の左下が,現在の写真)。

RadioShack
Radio Shackの店舗は,全米に7000店ほどあった。

 シャープやカシオ,アスキーとの付き合いは一例にすぎない。ソニー,松下電器産業(現パナソニック),日立製作所,東芝,三菱電機,富士通,京セラなど,ほとんどすべての日本のエレクトロニクス・メーカーは彼と何度も仕事を共にした。それは彼が,当時全米最大規模だった家電販売チェーン「Tandy RadioShack」(米Tandy Corp.の小売り部門)の購買担当者(バイヤー)を務めていたからだ注1)

注1) Tandy RadioShackは,もともとは革製品などを扱っていたTandy社が,電子機器を扱うRadioShack社を買収して誕生した。テキサス州のFort Worthに本拠を置いていた。

 当時の日本のエレクトロニクス・メーカーは,米国に販売拠点がないため,製品を展開したくともできない場合が多かった。そうしたメーカーにしてみると,全米に販売網を持つTandy社は,是が非でも付き合いを深めたい相手であった。Tandy社は欧州やオーストラリアにも販売網があり,製品が世界市場にデビューできる貴重な場でもあった。その窓口となったのが内海だったのだ。

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