前編より続く

 かくして森川氏の嵐のような日々が始まった。

「CM,カタログ,新聞広告,店頭ポップ,すべてをとにかく作り変えろ。洗浄力を前面に出せ」

 販促活動を仕切り直すよう命令を下したのは電化機器事業部長の木下弘氏。木下部長といえば,あのシェイク式イオン洗浄洗濯機の製品化を中止した人物である。今回も,判断はすこぶる速い。

すべてをとにかく作り変えろ

図3 国内販売店を回った洗濯実験車
10台の洗濯実験車を使って,1998年11月~12月の間に九州から東北まで約2000店を回った。店舗の駐車場に停車し,店員向けにイオン洗浄洗濯機と日立製作所の従来機を使って,汚れ落ちの比較実験を行なった。時間がない人のためには,一部をビデオ映像で早送りして見せた。(写真:日立製作所)
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 8月末から9月の間に,多賀工場から東京まで何度も足を運んで営業部隊にヒヤリングを行ない,さらなる販促活動として,全国の販売店に洗濯実験車を巡回させる異例の措置まで決めてしまった(図3)。そして,東京に来れば必ずと言っていいほど販促部隊にハッパをかけに来る。

「森川,差し替え用のCMはいつできる?」
「10月にはできます。カタログは11月になるかと。店頭ポップは」

「店頭ポップに1カ月も待てないぞ。こうしてる間にも,戦況はどんどん悪くなっていってるんだ」
「通常ポップの製作は3週間かかりますが」

「100個,200個だけでもいいから,とにかく1週間で作れ。パートを雇えば,手作りでもそのくらいはなんとかなるだろう」
「……」

 木下部長が訪れるたびに,こうして森川氏の仕事量は雪だるま式に増えていく。

「森川くん,体が基本ではあるけれど,売り上げも大事だからね」「はぁ……」

 ぼちぼち体を慣らしていく予定が,連日終電の激務に。そのかいあって,販促物の差し替え,洗濯実験車の出動など,すべては年末商戦になんとか滑り込めそうなスピードで進んでいた。

三洋も150%と言ってるぞ

 一方,イオン洗浄洗濯機の開発チームはというと,自信満々で送り出した新製品が「松下の遠心力に負けた」というショックから抜け出せずにいた。販促活動もさることながら,販売不振の原因として真っ先に営業から指摘されたのは「塩」だった。

「ライバルは松下だけじゃないんです。三洋もね,ウチと同じ洗浄力150%の売り文句を使ってるんですよ。そうすると店頭の販売員は,お客から,日立の洗濯機は塩まで使って150なの?って聞かれるそうなんです」