「あ,それ見た見た。あれひどいな。洗濯槽じゃなく,イオンチェンジャーに入れるってCMでも見せてるのに。クレームはつけた?」

「みたいですよ。ま,大丈夫でしょう。商談会であれだけ評判でしたから,これから9月に向けては,この売り上げラインがこーんな風にどんどん上がってくるはずです」

 現場復帰への不安を胸に出社したものの,社内は別段変わったところはなかった。朝,会社の玄関を入るときにピンと張った緊張の糸も,「人間,体が基本だからな。ま,ぼちぼちやってくれよ」と上司である営業部長の大宿隆洋氏に言われ,夕方にはすっかり緩んでしまった。このウォーミング・アップ状態のまま,すぐにお盆休みがやって来た。

松下に押されてるようなんだ

 そして,休み明けの出社日。おっ,なんだ?来て早々,大宿部長が近づいてくるぞ。そんなに体を心配してくれなくてもいいのに。

「森川くん,大変だ」

 大変?何が?体調の方は良好ですが。

「これ見てよ」

 あ,仕事の話か。渡されたのは,休み明けに集計されたばかりの売り上げデータだった。

「あれ?伸びてない」

「そう,売り上げがおかしいんだよ。どうも松下の遠心力に押されてるようなんだ」
「でも,商談会ではウチがピカイチって評価だったんですよね」

「販売店から情報収拾してみたんだが,店頭では,結局のところウチの洗浄力がアピールできていないということらしい」
「アピールが…ですか」

 なんと,イオン洗浄のコンセプトを強調した販促戦略が裏目に出たようだ(図2)。水を変えるというざん新な発想と塩,これが消費者に大きなインパクトを与えると考え,販促活動を展開してきた。思惑通り,驚いてはくれたようだ。しかし,消費者にはなぜそれがいいのかよくわからない。商談会では実演で汚れ落ちを示せた。しかし,店頭でそれをやるわけにはいかない。結局驚かせただけで,洗浄力は伝わらなかったのである。

図2 カタログの宣伝文句を大きく方向転換
(a)1998 年7月に発行した第1号カタログ。表紙の次の見開きページには,「新発想」,「イオン洗浄」,「水から変えて洗う」といったコンセプト重視のうたい文句が並ぶ。左側の1 ページ目はイオン洗浄の説明でほぼ埋め尽くされている。(b)1998年の年末商戦に向け,急きょ作り直したカタログ。まず汚れ落ちの効果に目が届くよう,最初の見開きページの左側に写真を載せ,宣伝文句を「洗浄力No.1」,「前洗いって大変ですよね」など実際の効果をアピールするものに変えた。(写真:日経エレクトロニクス)
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