「おっしゃる通り,リフレッシュ作業は従来の洗濯機に比べれば手間をとります。でも,それは洗濯機というワクで比べるからではないでしょうか。洗濯という作業をトータルで考えてみて下さい。多くの主婦は,洗濯機を使う前にもみ洗いをしたり,スポット洗剤をつけたりして汚れに対処しています」
「鹿森くん,それはわかるよ。でもね,売り場は戦場なんだ。洗濯機と洗濯機が競い合う土俵なんだよ。それを前提に考えてもらわないと」

「お言葉ですが,モニタ調査では,これほど落ちるならこの程度の手間はいとわないという人が大半を占めたそうですし」
「それもわかるけどね,うちの洗濯機だけ余分な手間がかかるとなれば,店では真っ先に敬遠されるんだよ」

「リフレッシュの作業自体は至って簡単なものです。自分でやってみて,確かにそう思いました。大した手間ではないんです」
「実際に大した手間かどうかではなくて,お客さんがどう思うかが問題だろ。デモを見る限り,だれもが簡単だとは感じないと思うよ」

「そうだとしても,日立の洗濯機は前洗いが要らないとなれば,それはそれで立派な売り文句になると思います」
「手間がかかることが消し飛ぶほどの売り文句になるということ?本当にそう思う?」

「まあ…いや,そうは思いますけど」

 そして数日後。開発チームに,電化機器事業部長からある指令が下る。それは,ただちにイオン洗浄機能を洗濯機から外し,そのモデルを9月に発売予定の製品にせよというものだった。電化機器事業部長は,洗濯機だけでなく,衣類乾燥機や掃除機など,多賀工場で開発・製造する全製品を統括するトップである。この業務命令は絶対を意味した。

「軟水のアイデア自体が悪いといっているわけではないんだよ。お客さんに手間をかけさせずにイオン洗浄機能が実現できるよう,来年のモデルに向けて引き続き頑張ってもらいたい」