前回より続く

 現状のLiイオン2次電池は,正極材料にコバルト酸リチウム(LiCoO2)や3元系のような層状系材料(LiMO2)をはじめ,LiMn2O4に代表されるスピネル系材料(LiM2O4),LiFePO4のようなオリビン系材料(LiMPO4)を用いている注2)。ただし,どの電池も放電時の平均電圧は3V台である。ところが,こうした正極材料でもLiに対する電位を5V程度まで高めることができる,いわゆる,5V系正極材料がある。5V系正極材料を用いれば,放電時の平均電圧を上昇させることができる。エネルギー密度は比容量と電圧の積となるため,電圧を高くできれば高容量の電池が実現可能になる。

注2) 層状系とは,Li 層と金属酸化物がそれぞれ規則配列して2次元平面を形成し,積層したようになる結晶構造のこと。スピネル系とは,金属酸化物が形成する骨格構造のすき間 に,Li イオンが3次元的に交差する結晶構造のこと。オリビン系とは,Oの六方最密充填に,四面体サイトとしてPが,八面体サイトにLiとFeが位置する結晶構造のこと。リン酸(PO4)が骨格構造を形成するため,熱安定性に優れている。

 特に,安全性とコストの面から注目を集めているのが,オリビン系材料である。オリビン系材料はPとOが強固に結び付いており,高温になっても酸素を放出しにくい。そのため,熱暴走に至りにくく,安全性が高いとされている。ただ,オリビン系材料は電気伝導性が低いことから,数年前までは電池としての利用は疑問視されてきた。ところが,米MassachusettsInstituteofTechnology(MIT)や米A123Systems,Inc.などがLiFePO4の粒径を小さくし,さらにカーボンで被覆するなどによって,高出力用途に利用可能なLiイオン2次電池として実用化した(図4)。こうした粒径の微細化とカーボン被覆の採用により,これまでは電気伝導性が低かった材料でも正極材料として利用できる可能性があることから,材料候補が急速に増えている。実際,オリビン系では電圧を上げることができるとして,リン酸マンガン・リチウム(LiMnPO4)の開発が活発化している。

熱暴走=内部短絡などによってセル内で異常発熱が起こり,発火や発煙,破裂に至ること。

図4 微細化とカーボン被覆で正極材料が進化
図4 微細化とカーボン被覆で正極材料が進化
LiFePO4などの導電性が低いオリビン型正極では,粒子の微細化とカーボン被覆により,電池 の高出力化が可能となった(a,b)。

 LiFePO4はLiに対する電位が3.4V程度しかないが,LiMnPO4であれば電位を4.2Vまで高めることができる。ただ,LiMnPO4はLiFePO4よりも電気伝導性が低いため,粒径をより小さく,カーボンをより緻密に被覆する必要がある。

固溶体系材料が急浮上

 層状系やスピネル系でも5V級の正極材料を目指した開発が進んでいるが,ここ最近,急速に注目を集めているのが,固溶体系材料(Li2MnO3-LiMO2)である。同材料は層状系の構造でありながら,実現する容量が層状系の理論値である275mAh/gを超える可能性があるとして話題となって いる。

 例えば,日産自動車は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発」の中で,Li(Ni0.17Li0.2Co0.07Mn0.56)O2を用いた固溶体材料の開発を進めている(図5)。日産自動車によれば,同材料自体はLi層とCoやMnなどの遷移金属層に分かれる層状構造だが,初期充電によってLi層内にMnやCoが移動して骨格構造に変化し,その構造を維持するとみている。その際,Niは移動せず,遷移金属層にとどまるという。

タイトル
図5 高容量化が期待される固溶体系材料
日産自動車は,高容量化が期待できる固溶体系材料であるLi(Ni0.7Li0.2Co0.07Mn0.56)O2の開発を進めている。同材料自体は層状系だが,初期充電後に層状構造から骨格構造に変化する(a)。そのため,層状系正極材料の理論値である280mAh/gを超える容量を発現することが確認されている(b)。図は,日産自動車が第50回電池討論会 のNEDOシンポジウムで発表した資料を基に本誌が作成した。

 高容量の発現については,MnとCoの酸化還元反応だけではなく,酸素がO2-→O-になる電荷補償が生じているとの見解だ。

 こうした固溶体系材料以外にも,フッ化オリビン系(Li2MPO4F)やケイ酸塩系(Li2MSiO4)なども300mAh/gを超えると高い比容量を得られるとして,研究開発が盛んである。

Si合金の複合材料で高容量化