Steve Jobs氏は,会場を埋め尽くした聴衆に向けてこう語りかけた。「『iPad』は,我々が開発した独自のチップで動作する。『A4』と名付けたこのチップは,これまで我々が手掛けた中で最高のものだ」と。2010年1月下旬,場所は米国サンフランシスコ。米Apple Inc.が開催したiPadの発表会の一幕である。

 ここで明らかになったのは,A4が1GHzで動作すること,そして「プロセサ,グラフィックス,入出力,メモリ・コントローラを1チップに搭載する」(Jobs氏)ことだった。Apple社は公式発表でも「Apple社が設計した次世代のSoC(system on a chip)」と表現し,A4がiPadの重要な構成要素であることをアピールした。

Apple社によるA4の発表は,さまざまな憶測を呼んだ。「2008年4月にApple社が買収したファブレスの半導体メーカー,米P.A. Semi, Inc.の技術を使って独自開発したのだろう」といった予想や,「『iPhone』向けのソフトウエアが動くのだからiPhone向けプロセサを拡張しただけではないか」という意見。技術系の報道機関や技術に詳しい人たちなどが,こぞって自らの見方を示した。

 A4が気になったのは本誌も同じだ。Apple社が「独自に設計した」とは,どんな意味なのか。本誌はこれまで,iPhoneシリーズを分解するたびに,パッケージ上面にApple社のロゴマークが刻印されたプロセサが基板に実装されている姿を見てきた。iPhoneシリーズに搭載された一連のプロセサは,韓国Samsung Electronics Co., Ltd.製というのが業界の一致した意見である。それらに刻印された型番と一致する製品は公表されておらず,いずれもApple社がSamsung社に発注したカスタム品と推測できる。そのカスタム品と今回のA4に,いったいどんな違いがあるのか。

プロセサのパッケージを上から見ているだけでは,その疑問には答えられない。X線で内部の金属配線を観察しても分からないだろう。そう考えた本誌は,基板からA4を取り外し,パッケージをはがして内部のダイを詳しく観察することを思い立った。それから,A4を解析する協力者を探す日々が始まった。

 「解析に協力します」。ある組織から朗報が届いたのは,米国でiPadが発売される約1カ月前。2010年3月のことだった。iPadを入手し,分解の後に基板をくまなく観察した本誌は,早速協力者の元に基板を持ち込み,A4の解析に取り掛かった。