前編より続く
図2 主にプリント・ヘッドの開発を担当した碓井稔氏(左)と主にインクの開発を担当した大渡章夫氏 (右)
碓井氏は1979年に入社。2000年2月末にそれまでの情報画像事業本部TP開発センターIJ開発部部長から,同センター総括部長兼IJ開発部長になった。大渡氏は1978年に入社。同じく2000年2月末にそれまでの情報画像事業本部IJ機器企画設計センターIJ設計部部長からTPサプライズ事業センター総括部長兼IJ設計部部長になった。(写真:小杉 善和)

 インクと紙送り機構の不備…。新機種の投入によって,開発陣は思いもよらぬダブル・パンチに見舞われる。なかでもインクの問題は,インク開発担当者である大渡章夫氏に大きなショックを与えた(図2)。

 ――インクが一因となって,評判を落としてしまったウチのプリンタ…。「とにかく,早くインクを抜本的に改良しなければ」との思いだけでした。そもそも,黒インクと他のインクが混ざってしまうという以前に,もっと根本的な問題が当時使っていたインクにはあったのです。

 たとえば「カラー印刷した専用紙を加湿器の近くに一晩置いておいたら,色が全体的に赤くなってしまった」,「直射日光が当たるところに印刷した用紙を1 週間張っておいたら,だんだん青みを帯びてきた」などのクレームが,ユーザから出始めていたのです。最初は「えーっ,ウソでしょ?」と,半信半疑でした。

 ただ,実際に試験をしてみると,確かにその通りになる。「これはまずい。一体,どうなっているんだ」。頭の中が真っ白になりました。そんなことになるなんて,ユーザから言われるまではまったく考えもしていませんでしたから…。

それは予想を超えていた

 もちろん,開発段階では印刷画像の耐久試験などは行なっていました。これは当然のことです。

 たとえば湿度に関しては,最高湿度85%程度まで試験をしていました。印刷画像もこれくらいの環境下で耐えられれば十分と思っていたのです。われわれが事前に行なった耐久試験では,この程度まで湿度を高めても,印刷画像にこれといった変化は見られませんでした。

 ところが,ユーザからのクレーム後に行なった試験で初めてわかったのですが,湿度が90%以上になると画像が赤みを帯びてくるのです。正直言って,そんな環境下に印刷用紙が置かれるなんて思いもしませんでした。まして,そこで色が変わるなんて…。われわれの予想をはるかに超えていました。

 それで,なぜ赤くなるのか急いで分析したところ,やはり原因があったのです。使っていたインクのうちマゼンタ・インクの色材だけが,水分が加わるとしだいに溶けていき,周辺に拡散しやすくなる。たとえば,用紙に打ち出した直径70μmくらいのマゼンタ・インクのドットの場合,90%以上の湿度下では 100μmくらいまでジワジワと「成長」する。だから印刷した画像が,全体的に赤みを帯びていくのです。

 原因はわかったものの,ショックでした。色が変わるなんて,製品を出した後でわかったことでしたから――。

 こうして大渡氏らはインクの改良を急ぐ。結局,黒インクはカラー・インクと同じ超浸透型インクに再び戻し,さらにいずれのインクに関しても手を加えることになる。そして,色材を替えたりすることで,高い湿度にさらしたり,直射日光が当たったりしても,印刷した画像の色が以前のように変わらないインクを生み出した。

新たな問題が発生

 こうして,なんとかインクの問題が解決できたと思ったところ,新たな問題が開発陣の前に再び立ちはだかる。インクを改良したことで,ノズルが目詰まりしやすくなってしまったのだ。原因はインクに入れる色材にあった。実は改良インクの場合,色材の量を従来の3倍程度に増やしていた。印刷した画像の色を濃く,一層鮮やかにするためである。