前編より続く

 これだけ大ヒットしたのは,やはりカラー画質が評価されたのだと思います。それほど卓越した画質だった。他社のプリンタを完全に圧倒しているという自信はありました。

「責任を取ってくれ」

 面白い話があるんです。この「MJ-700V2C」が出来上がり,まずはということで,エプソン販売に見せに行きました。「今度のプリンタはこんな感じになります」ということで。それで実際,プリンタでカラー画像を印刷して見せたら,しばらくの間,口を開けて絶句していました。キツネにつままれたような顔をして。それでようやく出てきたことばが,「こんなもの作るんだったら,責任を取ってくれ」です。

 普通なら,「いやあ,これはすごいなあ」とか「これなら絶対売れる」とか言われるところですよね。それがいきなり「責任を取ってくれ」ですから。どういう意味だか,わかりますか。

技術的にきちんと説明を

 つまり,彼らがこのプリンタを客先に売り込みに行ったり,街頭でプロモーションをやったときなどに,きっとこう聞かれるはずだって思ったんでしょう。「どうしてこんなにきれいな画像を印刷できるのか」と。

 それがきちんと説明できなければならない。ろくに説明もせずに打ち出したカラー画像だけを見せて,「すごいでしょ。ハイ,買って下さい」と言ったって,だれも納得してくれないでしょう。それどころか「何だかインチキ臭いな」,「怪しいカラクリがあるんじゃないか」って,疑われるんじゃないですか。

 だから,「これこれこういう理由で,これだけきれいなカラー画質を印刷できるようになりました」ということを,技術的にきちんと説明する必要があるわけです。つまり「責任を取ってくれ」ということは,「プロモーションなどのときにはいっしょに来て,技術の詳細をきちんと説明してくれ」ということなのです。販売会社では手に負えない,実際に開発を担当した技術者を責任をもって連れてきてくれと。実際,われわれ開発担当者は国内のみならず,海外まで狩り出されました。

図3 主に画像処理技術の開発を担当する武井克守氏
1978年にセイコーエプソンの前身である諏訪精工舎に入社,現在の肩書は,情報画像事業本部TP開発センターTP開発部部長である。(写真:柳生貴也=本社映像部)

 とにもかくにも,このプリンタが大ヒット商品になったのは,これまでにないカラー画質のおかげでした。でも,開発当初は「カラー・プリンタなんか作ったって,売れやしないよ」という声が,社内に根強くあったのです。

 このような雰囲気のなかで,カラー画質を高めるための技術開発を担当していた技術者は,本当に大変だったと思います。特に,武井さんを始めとする画像処理技術の開発陣は――。

カラー・プリンタって必要なの?

 武井克守氏が任された画像処理技術の開発は,今回の「MJ-700V2C」の開発では重要案件となっていた(図3)。それまでのモノクロではなく,カラー画像をインクジェット・プリンタで打ち出すということは,彼にとって,というよりセイコーエプソンにとっても未知の世界だったからである。