前編より続く

新たに開発されたプリント・ヘッドにカラー・インクを入れ,加速試験をしていた大渡章夫氏(写真)。このとき,ヘッドが次々と壊れ出す。なんとか対処できたものの,大きな痛手を受けることになる。これと並行して,武井克守氏は印刷画像の画質向上を目指して技術開発を進めていた。当時の様子を大渡氏が振り返る。

 ――あれはショックでした。プリント・ヘッドにカラー・インクを入れたら,ヘッドが壊れてしまうなんて。まったく想像だにしていないことでしたから。どうしてそうなったのかもわからない。わかっていたのは,カラー・インクを入れるとプラスチック製のキャビティ部と金属製のノズル・プレートがはく離するということ。それだけでした。

 見た目には壊れていないヘッドでも,耐久試験の最中に特性が変化していくものが続出しました。連続印刷していると,あるものは打ち出されるインク粒がだんだん小さくなっていく。またあるものは,インクがまっすぐ飛んでいかなくなる。そのままでは,とても製品にはできない。

 いずれにしろ,早急に原因を調べなければと焦りました。上司から指示されたプリンタの発売目標時期は1993年の年末,ヘッド不調が発覚したのは1993年の春です。モタモタしている暇はない。1分でも惜しいというのがそのときの心境でした――。

昆虫採集のごとく

 彼は一つのアイデアを思い付く。ヒントになったのは昆虫採集。子供のころ,採ってきた虫の構造を調べるために,その虫を透明の樹脂で固め,薄くスライスしたことを思い出したのだ。

 同じことをこのヘッドでもやってみれば,何かがわかるのではないか。ワラをもつかむ気持ちで,彼はそれを実行する。不調のプリント・ヘッドを樹脂で固めて薄くスライスし,それを1枚1枚調べていく。

 キャビティ部は,薄い樹脂を何層か重ねて作っていた。樹脂はアクリル樹脂とエポキシ樹脂を混合したものである。これに紫外線を当てて硬化させ,キャビティ部を形成する。

 このキャビティ部には,圧電素子の動きをキャビティ部に伝える振動板が張り付けてある。この振動板は,最も薄いところで2μm程度の薄い金属板だ。これをキャビティ部の樹脂と重ね,熱を加えることで全体を硬化させ,一つのヘッドに仕上げていた。

 スライスした薄片を見ていくうちに,本来は完全に接着されていなければならないキャビティ部と振動板,あるいはキャビティ部本体を構成する薄い層が,一部ではく離していることがわかった。その部分をさらに詳しく調べると,樹脂にインクが染み込んで膨潤しているようだ。