前編より続く
図3 主にプリント・ヘッドの開発を担当した碓井稔氏
1979年にセイコーエプソンの前身である信州精機に入社。現在の肩書は,情報画像事業本部TP 開発センターIJ開発部部長である。(写真:小杉善和)

 そう,そう。大渡さんがいま話した通り。確かにあのころはきつかった。ただ,そのなかから大渡さんたちが考え出した「ノズル・プレート」の技術は,その後もずっと使われている技術なんです。

もう一つのヘッド開発

 で,大渡さんと同じ時期に私に任された仕事は,それまでとは違うまったく新しいヘッドを開発するということでした(図3)。まずヘッドを小さくするためには,圧電素子を工夫しなければならない。大渡さんも使ったそれまでの圧電素子は厚さが100μmで,駆動させるのに150Vくらいの電圧が必要でね。これで変形するのはたった0.1μm程度だったんです。

 このくらい小さな変形量で,ある程度の量のインクを飛ばすには一つ一つのキャビティを浅くして,表面積を大きく取らなければなりません。だから,キャビティ部全体が大きくなって,結果的にヘッドも大きくなってしまうんです。じゃあ,できるだけ変形量の大きい圧電素子はないかってことになりますよね。

この忙しいときに

 そんなとき,たまたま本社から電話があったんです。「インパクト・プリンタの駆動部分向けに圧電素子の売り込みがあるから出てくれ」って。何でも,インパクト・プリンタのワイヤを圧電素子で駆動させているメーカがあって,エプソンも同じ方法でやってみないかという売り込みでした。当時は電磁石でワイヤを動かすのが主流だったんです。

 でも,インパクト向けでしょ。こっちはインクジェットのことで頭がいっぱいだったし,この忙しい時期になんでまた,って感じがありました。だけど,本社からのお願いじゃしょうがないかってことで,お付き合い程度の気持ちでプレゼンテーションを聞きに行ったんです。

 インパクト・プリンタで使った場合の構成図とか圧電素子の現物とか,見せられてね。そうだな,現物は2mm×3.5mm×10mmくらいだったかな。厚さが20μm程度の薄いシート状の圧電素子の両面に電極を形成して,それを何枚も重ねて焼結しているとか説明していました。

 いすれにしろ,自分には関係のない話だと思ってたから,「早く終わんないかな」なんて不謹慎なこと考えてね。同席したインパクト・プリンタの開発部の人も,あまり興味を持てなかったみたいだし。

 ただ,聞いているうちに「もしかして,これってインクジェットでも使えるんじゃないか。いや,待てよ。すごく向いているんじゃないか」って気付いたんです。説明が本当だとすると,23Vくらいの低電圧で1μmも変形することになるんですよ。

 ゾクゾクっときましたね,そのときは。それまでは150Vで,たったの0.1μm。これとは大違いでしょ。これだけ圧電素子の変形量が大きければ,キャビティを小さくしても,必要量のインクがきちんと飛び出すはずです。そうすればヘッドもかなり小さくできる。もちろん,プリンタも小さくなる。「これだよ,これ,これ。俺が探していたのは。いいもの見つけたぞ」って,思いました。