前編より続く

 製品開発といっても,何も決まっていない。仕様もない,還流式掃除機のノウハウもない,何もないのだ。技術者たちの本当の苦闘は,ここから始まった。

ないない尽くしで

 まず,小林氏があり合わせの材料とガムテープを使って試作の噴射機構を作り,実験を始める(図2)。噴射した空気流でちりを浮かせ吸い込むという算段である。「どうやって吹き付けたら,塵は浮くのだろうか」。床に張り付き,塵の挙動を確かめては吹き出し口を調整する。そんな実験を重ねるうちに,どの角度でどのくらいの噴射量にするとよいかがわかってきた。

図2 噴射機構の試作品と実際の機構
床面に空気流を噴射して塵を飛ばす機構の試作品である (a)。どのくらいの噴射力でどの角度から吹き付けると効果的かを試すために作った。この試作を通じて,排気と吸気を組み合わせて効率良く塵を集める機構が出来上がって いく(b)。(写真:山田哲也,図:本誌)

 ところがここで根本的な課題が浮き上がった。排気や吸気の流量が決まっていないために,ブラシ部分の設計ができないのである。前例のない製品だけに,どれくらいの流量を想定すればよいのか,さっぱりわからない。

図3 斎藤和雄氏
ホーム・アプライアンスカンパニー回転機事業部家電開発部技術二課課長代理。今回の掃除機の開発では,日程やコスト,品質などの管理役を 担った。各技術者の主張や意見をうまくまとめる,いわば仲裁役が大きな仕事だったという。趣味は,波止場で静かに魚釣りを楽しむこと。(写真:山田哲也)

 このころ,どの技術者も同じような問題に直面していた。その根本原因は,モータの仕様が決まっていないことにあった。周りの仕様を詰めていくためには,モータの仕様をまず決めなければならない。だがそれも,何もわからない状態では決められない。「いやはや,とんでもない迷路に迷い込んだもんだ」。斎藤氏は思わず天井を見上げた(図3)。

決め手はお風呂の温度

 悩ましいのはモータの外形寸法と出力,排熱に使う排気の量の関係である。まず,開発する掃除機は,排気を還流させる機構を搭載する分,通常の掃除機よりも筐体が大きくなる。コンパクトな掃除機を作ろうとすれば,モータを小さくしなければならない。

 ただし,モータを小さくすれば,出力も下がってしまう。上級機種で一般的に使われているモータは出力1kW。想定しているモータの大きさから逆算すると500W~700Wの出力のモータしか使えない。当然,吸い込み流量も減ってしまう。

 それはいかがなものか。といってモータの出力を高めると,筐体が大きくなるだけでなく,熱の発生まで大きくなってしまう。排熱対策が大変だ。排気量を制約すれば還流する空気の温度は上がってしまうし,温度を下げようとすれば,排気が増え「排気が少ない」掃除機とは呼べなくなってしまう。