技術者たちの苦労が実り,排気が出ない掃除機の要素技術検討が完了したのは1998年4月だった。さっそく,定例会議で報告する。
「これであきらめてくれるだろう」。そう思いながら,技術担当の雑古氏は切り出した(図2)。
無理なのは当たり前
「結論から言いますと,要素技術的にみて無理があります」。とうとうと,排気を出さずに空気を100%還流させる掃除機の製品化が,いかに不可能かを説明し始めた。
「さまざまな問題がありますが,特に致命的なのは熱の問題です」
掃除機で熱源は二つある。一つはモータ,そしてもう一つは電源コード。電源コードを伸ばして外に露出した部分は自然放熱するため,熱源とはならない。ところが,リール部に残った電源コードは,空冷しなければ熱がこもる。掃除機では,モータと電源コードのリール部に排気を当てて強制空冷している。これらの熱源によって,ブラシから吸引した室温の空気が,排気として放出するときには空気の温度が60℃にも達する。
「熱の逃げ場がありません。循環するうちに空気の温度が上がって,樹脂は溶け,モータも焦げます」
会議に参加しているほかの面々は,うなずきながら聞く。
「エネルギ保存の法則だよね」
排気が出ない掃除機を提案した日向氏も,企画が実現不可能だとの報告をぼんやりと聞いていた。
「と,いうことで不可能だとわかっていただけたと思います」
技術担当の雑古氏の説明は終わった。これですべては終わったと,だれもが思った。
ふんわりと出せばいい
やおら発言を求めたのは,雑古氏とともに「あきらめてもらう」ための技術説明に来ていた山本氏だった(図3)。
「まあ,それはそうなんだけど。ちょっと発想を切り替えて,こう,なんと言うか…ふんわりと,そっと出せばいいんじゃない?」
沈黙のときが流れた。「身内の裏切り」ともいうべき突然の発言に,みなどう反応していいかわからないのだ。
「…そうだね。なるほど。ほわっ~っと,出てるかどうかわからないくらいにふんわりそっと出せばいい。そうだそうだ」
思い出したように日向氏が同調する。つまり,彼らは排気を100%還流させる「排気が出ない掃除機」ではなく,排気の一部をモータの冷却に使う「排気が少ない掃除機」にしようと言うのである。