前編より続く
ビタミンCを増やす冷蔵庫の実現に向けて奮闘した三菱電機静岡製作所冷蔵庫製造部冷蔵庫先行開発グループマネージャーの平岡利枝氏。

 そのころ八木田は,食品総合研究所の論文に書いてある実験の再現に取り組んでいた。論文と同じ小松菜を使って蛍光灯の光を当てた結果,確かにビタミンCを増やしたり,減少を抑制したりする効果があることが分かった。

増やすにはどうするか

「平岡さん,論文と同じ結果になりましたよ」

「やりましたね。じゃあいよいよ,安定して増やす条件の探索をお願いします」

 減少抑制ではダメなのだ。増やさなければ…。平岡は心の中でつぶやいた。

「分かりました。今回は,蛍光灯を使いましたが,特定の波長を選べば,効果が高まるかもしれません」

「期待してますよ。こっちは,冷蔵庫に入れられる光源の条件を,ハードウエア側から詰めます」

スーパーでまとめ買い

 それから数カ月間,会社の近くのスーパーマーケットに足しげく通う八木田の姿があった。

「いらっしゃいませー」

「えーっと,ホウレンソウを10束,下さい。あと三菱電機あてで領収書も,お願いします」

 一度に買うのは同じ野菜ばかり。それも5束~10束まとめて購入して,領収書をもらう。

「あら,またあのお客さんよ」

「何に使うのかしら」

 ひょっとしたら,スーパーの店員の間で,こんな会話が繰り広げられていたかもしれない。

 八木田は,野菜の最初の状態を測定した後に,冷蔵庫の中で光を当て,3日後に再び取り出して測定するという実験を2003年12月から2004年3月まで繰り返した。冷蔵庫の野菜室の温度は+5℃で一定としたが,光の波長や照射時間などパラメータは多岐にわたっていた。野菜の種類も小松菜に始まって,ホウレンソウ,カイワレ大根,ブロッコリースプラウトなど,さまざまな葉物野菜を試すこととなる。このため,実験回数は優に100回を超えた。

 新旧の研究者が顔を合わす

 実験を進めるにつれて,野菜の株内や株間でデータにバラつきがあることが分かってきた。破壊試験のため,測定のチャンスは1回限り。どうしたら,データを安定させることができるのか。こうした,実験を進める上での疑問点などを解決するために,八木田は論文の著者である食品総合研究所 流通安全部 品質制御研究室長の細田浩に何度か会いに行った。細田は公の機関の研究者として,問い合わせには分け隔てなく答えるようにしていた。