同時に,営業やマーケティング,製造などの担当者らの元へ足を運んだ。会議では営業担当者らも販売戦略を説明したり,意見を述べたりする。どんな機能を搭載するかは,販売戦略にも影響を与えるからだ。営業担当者がビタミンCを増やす機能の効果を認めてプッシュしてくれれば,会議を有利に進めることができるに違いない。
「光でビタミンCが増える機能を搭載したら,お客さんや販売店に支持されるかなぁ?」
「光でビタミンか…。光で除菌する機能と合わせて,光をキーワードに売り込むこともできるんじゃないですか。うん,いけますよ,これ」
担当者らの反応は上々だった。
本当なのか?
本社の白物家電事業のトップや静岡製作所の所長など,冷蔵庫に関連する10人程度の幹部が一堂に会する会議は,年に数回開かれる。今回の冬の会議では,夏の会議で決めた方針に沿って開発した具体的な機能について議論することになっていた。しかし平岡は,夏の会議では影も形もなかった,見つけたばかりの機能を提案しようとしている。しかも,実験データはない。
会議が始まると,まず平岡が先陣を切って,光でビタミンCを増やす技術について15分ほど説明した。
「…つまり我々としては,ビタミンCを増やす機能を推します」
続いて営業やマーケティング,製造などの各担当者が新製品に関する戦略や方針を説明した。営業担当者は,ビタミンCが増える機能を搭載した場合の販売面での効果について説明してくれた。
「ビタミンCを増やす機能を搭載できれば,ユーザーへの大きなアピール・ポイントになるかと思います」
どうだろうか。幹部らにうまく伝わっただろうか…。
「で,本当に増えるのか?」
説明を聞き終えた幹部の1人が,半信半疑の様子で率直な感想を口にした。ビタミンCが増えるという夢のような機能が実現するなら,ユーザーにも支持されることは間違いない。しかし,本当にできるのだろうか。
「はい,増えます。光が光合成を促すことでビタミンCが増えるのです」
「しかし,実験してないんだろう」
「現在社内で実験中ですが,元データは食品総合研究所という公の機関のものです」
「冷暗所保存が常識なのに,光が食品に悪影響を与えないのか」
「これから確認しますが,波長を選んだりすることで対策はできそうです」
「うーん…」
「分かった。そこまで言うなら,やってみろ。ただし,ほかの候補も並行して検討を続けるように」
いぶかしげな幹部らを前に,ついに平岡は光でビタミンCを増やす機能の搭載に向けた第一歩を踏み出した。ほかの機能の検討も続けるように言われたが,既に平岡の眼中にはなかった。
―― 次回へ続く(2010年10月28日公開予定) ――