小松菜の株から切り取った葉に光を当てる実験から始めて,株ごと光を当てる実験へと移っていった。その結果,切り取った葉ではクロロフィルを保持できる,ビタミンCが増える,株ではクロロフィルとビタミンCのどちらも増えないが保持はできることが分かった。光を当てない場合には,いずれも大きく減少していたため,光の効果は確かだった。

「やっぱり,思った通りだ」

 細田は実験結果を携えて,意気揚々と園芸学会での発表の場へ向かった。誰も試したことのない実験結果と,そこから導き出される結論を説明し終えた細田は,会場からの質問に答えていた。

「で,今回の研究成果を,どういう場面で利用するのでしょうか?」

「そ,それは…」

食品総合研究所の細田浩氏らが記した「野菜の収穫後における品質に及ぼす光の影響」の第1報~第3 報。三菱電機 の住環境研究開発センターが保管していたものを本誌が撮影した。

 自分でも少し疑問に思っていた点を突かれたために,口ごもってしまった。収穫後に小売店までトラックなどで運搬する際には,野菜は箱の中に重ねて入れられている。恐らく,野菜に光を当てるということはないだろう…。そうなると,小売店しかないな。野菜を陳列する棚で,蛍光灯の光量などを最適化するとともに,光が満遍なく当たるように野菜を並べれば効果は大きいに違いない。よし。

「小売店などで使ってもらうことを想定しています」

 その後,波長による影響を確かめるなど,野菜と光の関係を調べる実験をひと通り終えた1980年代前半に,この研究の幕は閉じた。以来,残念ながら小売店などを含めて光を利用したいという反応が寄せられることはなかった。トラックでも小売店でもなく,まさか家庭の冷蔵庫で技術が生きるとは,当時の細田が知る由もない。

―― 次回へ続く(2010年10月21日公開予定) ――