日立製作所の中央研究所に勤めるベテラン技術者、宇佐美光雄には野望があった。
製造工程でLSIに生じた欠陥を直す技術を実用化することだ。
LSIをタイル状に区切っておき
欠陥を発見したときにはそのタイルだけ交換する。
この手法のカギを握る厚さ10μmの極薄チップを作ることにも成功し
あとは事業部門に認めてもらうだけの段階にまでこぎ着けていた。
1994年1月某日。宇佐美光雄は厚さ10μmの極薄チップを披露するために,社内展示会「アクションフェア」の会場に赴いた。出展するのは宇佐美を含めて10数人の研究者。それぞれに展示ブースが用意された。宇佐美は自分の持ち場に,極薄チップの用途として4つのアプリケーションを掲げた。「SiチップとGaAsチップの融合」「欠陥救済」「3次元LSI」「ICカード」である。来場者に極薄チップの応用範囲の広さを知ってもらうための工夫だ。もちろん宇佐美がイチ押しの用途が欠陥救済であることは言うまでもない。
いよいよ開場。日本各地にある事業部門や関連会社からやって来た担当者が1人また1人と入ってくる。新しい事業につながる研究成果を見つけ出そうと,それぞれの思いを胸に会場に散る。
極薄チップに興味を持ってくれる担当者は何人くらいいるだろう。内心ドキドキしながら待つ宇佐美。しばらくするとブースに足を止める来場者が増えてきた。
「これは薄い!」
「どうやって作るんですか?」
意外なことに,ほとんどの人が興味を示すのは,宇佐美が最も力を入れている欠陥救済ではなく,極薄チップを利用したICカードだった。来場者が驚くのも無理はない。宇佐美が展示したチップの10μmという厚さは,当時ICカードに使われていたチップの1/10以下だったのだから…。
何人かがしばらく足を止めていると,それを見て回りの人々も集まってくる。入れ代わり立ち代わり浴びせられる質問への対応に追われていた宇佐美がふと気付くと,ブースの周りには黒山の人だかりができていた。閑古鳥が鳴く隣のブースでは,手持ちぶさたの研究者がうらやましそうにこちらを見ている。