前編より続く

「えぇ,今晩も例のホテルに泊まります。明日の午前中に修正の効果を確認して,午後には会社に顔を出せると思います」――。

nocriaの開発を指揮した富士通ゼネラル RAC事業部の高橋知己氏(左)とフィルタ自動清掃機能を担当した高島伸成氏(右

 2003年1月のある日,富士通ゼネラル RAC事業部 第二技術部の高島伸成は,開発リーダーである同事業部 第一技術部 部長の高橋知己に電話を入れると小さくため息をついた。「今度こそ,うまくいくといいんだが…」。

 高島がその時に訪れていたのは,埼玉県某所にある金型メーカーである。道路と工場以外,周りには何もない。そんな辺ぴな場所にあるメーカーに高島はここ数週間,通い詰めていた。週に数日は近くにあるホテルとは名ばかりの安宿に,部下と共に泊まり込んだりもしていた。

マスコミの喝采を浴びたものの…

 高橋が開発全体を指揮し,高島が防塵フィルタの自動清掃機能の開発を担当した富士通ゼネラルの新型エアコン「nocria」は,この前年の2002年9 月末に,12月発売予定の製品として華々しく発表されていた。「すごい数の報道陣だった。エアコンの発表会にテレビ局が来るなんて,当社としてはたぶん始めてだった」と,同社の広報担当者は当時を振り返る。

 nocriaが世界で初めて搭載したフィルタの自動清掃機能は,発表直後からマスコミの注目の的となった。清掃する際に,まるでアッカンベーをするように筐体からするするとフィルタが滑り出してくる。そのユーモラスな動作も,ユニークな形状の筐体と相まって格好のニュースのネタになった。ビジネス・パーソン向けのニュース番組でnocriaが特集されたこともあった。

 nocriaへの予想以上の高い評価に,社内が明るく盛り上がる中,開発チームだけは蚊帳の外だった。当時,生産開始に向け大詰めを迎えていた nocriaの開発が,トラブルの続出で暗礁に乗り上げそうだったからだ。高橋は当時の盛り上がりを「あまり記憶にない」と話す。端的に言えば,それどころではなかったのだ。

中国での金型製作にチャレンジ

 開発チームを追い詰めたのは,筐体の金型製作を全面的に中国メーカーに移管する,という決断だった。富士通ゼネラルは当時既に,中国に設立した工場でエアコンを製造していた。だが,筐体の樹脂部品を製造するための金型は日本メーカーに発注していた。nocriaでは,これを中国メーカーに移管することにした。第1の目的はコストダウン。金型自体の製作コストはもちろんだが,中国で一貫生産するメリットも見逃せない。

 とはいえ当時は,日本メーカーの中国進出の黎明期である。「国内の同業他社はようやく中国での製造を始めた段階。中国の金型メーカーの実力なんて誰も知らない」(高橋)ような状況から,手探りで始めるしかなかった。