前回から続く

「これこそ電子式に代わる理想の手ブレ補正技術なんです」

「うーん。そうはいってもねぇ…」

ブレにブレる開発方針

 光学式という大方針は固まったものの,開発方針はブレにブレる。何しろ事業部門には,良くも悪くもブレンビーの成功体験があった。光学式への移行はリスクの大きな作業にしか映らない。仮に光学式を導入するにしても,リスクの少ない手法にしたい。

 林らは当初,インナー・レンズ・シフト方式を推す。手ブレをジャイロ・センサで検知し,鏡筒内部のレンズを動かして光軸を補正する手法だ。1988年に実用化した鏡筒補正方式に比べて寸法も小さく,駆動の機構も小さくて済む。消費電力も低く抑えられ,いわば光学式にとっての理想型だ。

 事業部門は,林らの意見に耳を傾けインナー・レンズ・シフト方式に興味を示す。しかしその中身を知ると,逃げ腰になる。ジャイロ・センサという新たな部品が必要らしい。おまけに機種変更に伴ってレンズ鏡筒の仕様を変更すると,手ブレ補正に関する光学機構の設計をすべてやり直す必要があるではないか。事業部門としては,そう簡単には受け入れられない。

 林らは,さまざまな代案を検討する。例えば電子式と光学式のハイブリッド方式。手ブレの検出だけは信号処理を活用するものだ。あるいはアタッチメント方式。補正機構を鏡筒とは別に作り,レンズの最前面に取り付ける手法だ。しかし,いずれもピンとこない。理想の手ブレ補正技術を追求するために3人は集まったはずなのに。

 そんな折り,支えとなったのが「光学式こそ手ブレ補正技術の主流になる」という林の信念だった。林の頭の中には,1つのイメージがあった。難易度は高いが,インナー・レンズ・シフト方式であれば小型で高性能の光学式手ブレ補正を確立できるはずだと。

小型の鏡筒を作り上げろ

「山田君。この1枚だけしか動かさないように設計してくれるかな」

「えっ,これしか動かしちゃいけないんですか?」

 インナー・レンズ・シフト方式に懸けると腹を固めた開発チームは,邁進する。林は時に,鏡筒の心臓部となる光学系のレンズ構成を設計する山田に厳しい注文を付けた。インナー・レンズ・シフト方式で理想の鏡筒を実現するには,光軸を補正する内部レンズをできるだけ小さくしたい。当然,光学系には厳しい要求を突き付ける。とはいえ,山田は努力家である。課題が厳しければ厳しいほど,やる気が奮い立ってきた。

第3レンズ群を上下左右に動かして手ブレを補正する

 鏡筒の内部レンズを1枚だけしか動かせないとなると,色収差を補正できなくなってしまう。山田は試行錯誤の中から,レンズ群を丸ごと動かせば,小型の手ブレ補正と色収差の補正を両立できることに気が付く。「1枚だけ」という林の宿題には及ばなかったが,小型で高性能の光学機構の提案に至る。