「岸くん,これはまずいわ」
「どうかしました?」
「カメラが動いてもないのに,画面が動くで。ほら,ふらふらや」
ブレてないのに動いちゃう
手ブレ補正技術の実装は,急ピッチで進んでいた。永井と岸はその機能の素晴らしさに感銘を受ける一方,実装作業の終盤を迎えると,さまざまな副作用に悩まされるようになる。
電子式は映像信号からブレを検出するため,被写体に動く物体があると,補正機能が誤動作するのだ。
「うわっ,また動いた」
「え? なんでなんで?」
途中,蛍光灯が映り込んだだけで,そのちらつきに起因して画面がふらつくという現象も起きた。永井と岸らは,こうした副作用が発生しないよう,手ブレ補正のアルゴリズムの最適化を進める。ただし下手に副作用を抑えると,肝心の手ブレ補正が機能しなくなる。そこでありとあらゆるケースを想定して,誤動作のない条件を固めていった。
そんなドタバタが半年も続いただろうか。ソニーへの対抗を誓う開発プロジェクト・チームは,ついに製品の原型へと近づいていく。
その名前,誰が決めた?
「聞いたか? 新機種の名前が決まったらしいで」
量産開始に向けて最後の作業にいそしんでいた開発プロジェクトのメンバーの元に,手ブレ補正機能を載せた商品の名前が固まったとの一報が届く。
「いよいよやね。でも,なんでそんなに慌ててんねん?」
「聞いて驚かんといてな。なんか『ブレンビー』っていうらしいで」
「ぶれんびぃ?」
その場にいたメンバーは,しばし絶句する。どうやら「ブレないムービー」という意味を込めたものらしい。手ブレ補正を強く訴求すべく,これまでにない奇抜なネーミングを考案したようだ。それがまさか「ブレンビー」とは…。手ブレ補正の実装を中心的に手掛けていたメンバーは,複雑な心境に見舞われていた。
「なんや,ぶれんびぃって」
「一体,誰が決めたんや」