COLLEGE 製造業の“本当”を探求
 

第3回:ダンスとパスポートの攻防(上)

堀切 近史
2010/07/15 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2006年2月27日号 、pp.126-128 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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「いらっしゃいませ!」

「あの小さいヤツってあります? ほらっ,テレビでやってるパスポートの大きさの」――。

 1989年夏。ビデオ・カメラ業界に異変が起きる。ソニーと日本ビクター,松下電器産業の3強が市場シェアを分け合う中,ソニーがこの均衡を破った。 1989年6月,重さがわずか790gと小型で軽量のビデオ・カメラ「CCD-TR55」を発表,ぐんぐんとシェアを伸ばし始める。テレビ・コマーシャルに女優の浅野温子を起用してパスポートの大きさに収まるとアピールしたところ,これが話題を呼びに呼ぶ。ビデオ・カメラの購入者はこぞって,この「パスポート・サイズ」を求めた。

 パスポート・サイズの登場はビデオ・カメラ業界のみならず,結果として製品自体にも転機をもたらす。手ブレ補正技術を搭載するビデオ・カメラを,国内で普及させる呼び水になるのだ。その最初に登場した製品,それが1990年6月に松下電器産業が発売した「ブレンビー」である。

手ブレ補正を使えないか

「永井さん,手ブレの補正って,どれぐらい利かせりゃいいんですか?」

「うーん,正直なところ分からん。自分も初めてなんやから」

 何やらおぼつかない会話を交わす2人は松下電器産業のエンジニア,永井正と岸靖典である。彼らは1989年暮れから1990年にかけて,何度となく途方に暮れる。ソニーがパスポート・サイズを製品化して間もない1989月9月,松下電器産業は新たなビデオ・カメラの開発プロジェクトを立ち上げる。狙いはもちろん,ソニーの小型機への対抗だ。そのプロジェクトで手ブレ補正技術の実装を任されたのが,まだ若手だった永井と岸である。

 企画担当者は当時,猛烈に議論を重ねていた。ソニーの小型機に対抗するには,果たしてどうすればいいのか。本来は,ソニーに負けない小型のビデオ・カメラを投入するのが筋だろう。しかし松下電器産業が推進していたのはVHS-C方式。カセット・テープの寸法だけでも,ソニーらが推進する8ミリビデオ方式に比べてひと回り大きい。筐体寸法の小型化で勝るには,ひと苦労しそうだ。一朝一夕には無理だろう。ならば小型化とは別の軸で,何とか差異化を図ることはできないか――。

 喧々囂々けんけんごうごうの議論の中から出てきたのが,手ブレ補正技術だった。ビデオ・カメラは小型で軽量になればなるほど,撮影時に手ブレが発生しやすくなる。映像のブレを取り除く機能を搭載すれば撮影の難易度がグッと下がり,新たな付加価値になるはずだ。

 まだ競合他社が見向きもしない手ブレ補正に,企画担当者が目を付けたのには理由があった。ちょうど1988年,松下グループは手ブレ補正技術を搭載した民生用ビデオ・カメラを,北米市場で実用化していた。肩に載せて撮影する大型機だったが,小型化競争が本格化していない北米ではヒット商品となった。ここに採用した手ブレ補正は,松下電器産業の研究所で長く培ってきた技術。企画担当者もその製品のことを聞き及んでいたらしい。

 とにかく新機種では,手ブレ補正を挽回ばんかいの切り札にする大方針が固まった。ところが,その後の技術開発は予期せぬ展開を見せる。永井と岸が実装を進めた手ブレ補正技術は,北米市場に投入した技術とは全く別物だった。

電子式でいきましょう

 開発陣が新たに採用したのは「電子式」の手ブレ補正技術である。北米市場に投入した「光学式」には,幾つかの壁が見えていたからだ。補正機構が大きくなることや,部品コストの増大である。

 電子式と光学式には,筐体のブレの検出や映像を補正する機構に違いがあった。例えば光学式ではまず,ジャイロ・センサを使って手ブレ量を検出する。この情報を基に,撮像素子やレンズなどの光学系を組み込んだ鏡筒を動かす。筐体が動いても,映像にブレが紛れ込まないよう制御する。ただし,鏡筒の寸法が通常よりかなり大きくなる。ジャイロ・センサという新たな部品も必要だ。小型化や価格競争の激しい国内市場では,光学式だとかえって不利になる。

 一方,電子式であれば小型に,かつ低価格に手ブレ補正技術を実装できる可能性があった。電子式では,ブレの検出や映像の補正がデジタル信号処理で完結するからだ。まず撮影した映像データから信号処理で手ブレ量を導き出す。これを参考に,あたかも手ブレが発生していないかのように実際の映像を加工する。

 むろん挑戦的な技術開発が必要だし,当初はコストが高くつくかもしれない。しかし信号処理を担うLSIの設計ルールが微細になれば,いずれは安価で実現できそうだ。ゆくりなくも松下電器産業の研究所の別部門が,電子式の要素開発に着手していたことも追い風となった。

計算量をとにかく減らせ

 永井や岸が開発プロジェクトで担当したのが,研究所で基本動作の検証を終えていた電子式の手ブレ補正技術を製品に落とし込むことである。若さがみなぎる2人は,年末年始を休むことなく実装を進める。

 一方,研究所で電子式の要素技術開発を進めたのが,森村淳と魚森謙也らだ。当時,研究テーマはデジタル技術が真っ盛り。1982年に実用化したコンパクト・ディスク(CD)が急速に普及していたこともあり,「映像もデジタルへ」という掛け声がますます大きくなっていた。松下電器産業の研究所でも映像のデジタル化に取り組んでいた。しかし単にアナログ処理をデジタル処理に置き換えるだけでは芸がない。デジタルならではの新しい機能を実現できないか。そんな思いから,1987年秋ごろから手ブレ補正の開発に着手していた。

 彼らの念頭にあったのは,数年後に市場投入するであろうデジタル方式の高級ビデオ・カメラへの展開である。ところがパスポート・サイズに対抗するべく,普及価格帯の主力機種に急遽,この技術を突っ込むことになる。

 電子式ではブレの検出に,いわゆる動きベクトルを利用する。画像の揺れた方向と量を動きベクトルから把握し,これを参考に画像の位置を平行移動させてブレのない動画像を生成する1)。まさにデジタル信号処理の固まりであり,膨大なゲート数の回路とソフトウエアを必要とする。MPEGなど動画像の符号化技術が進化を遂げた現在であれば,動きベクトルなど難なく求められる。しかし当時は到底,民生機器に見合うコストでLSIに実装できそうになかった。

1) 吉沢,「カメラ一体型VTR,信号処理をデジタルへ」,『日経エレクトロニクス』,1990年6月11日号,no.502,pp.175-180.

画像をぼかした後に動きベクトルを求める

 森村や魚森ら研究所のメンバーは,1年間ほどその難問に悩まされる。回路規模を減らさなければ,電子式の手ブレ補正は絵に描いた餅で終わるだろう。この難問解決の糸口になったのが,ぼかした画像を使って動きベクトルを求める手法である。ぼかした画像は何がなんだか分からない代物だが,計算量をガクッと減らせる上,精度の劣化も少ないことが分かってきた2)。森村や魚森らは,洗濯機ほどの大きさのミニコン「VAX11」などを拝借して,手ブレ防止のアルゴリズムのシミュレーションを進める。1988年秋ごろには動作検証までこぎ着けた。これをベースに,事業部と研究所が一体となって製品への落とし込みに取り組む。とりわけ岸は魚森の下に足しげく通う。2人は昼夜が逆転する生活を送りながら,アルゴリズムをコーディングする作業を進めていく。

2) 魚森ほか,「ビデオカメラの自動電子手ゆれ補正方式」,『第20回画像工学コンファレンス』,6-3,pp.177-180,1989年.

―― 次回へ続く ――

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