クルマから外の景色を撮影していた同僚は,画像がブレるとしきりに訴える。当時のビデオ・カメラは寸法がかなり大きく,重さも数kg。当然,撮影スタイルは肩に載せる格好だ。大嶋が見ると,同僚はブレを抑えようと,体が揺れるのを一生懸命こらえていた。
「あれ?」
クルマの座席で撮影する同僚を眺めていた大嶋は,モヤモヤした気持ちに襲われた。体の揺れをこらえる彼の動作と似たような状況を,どこかで見たことがあるような,ないような…。
「そうだ。これって回転運動じゃないか!」
大嶋は,ブレを訴える同僚の上半身が,腰を軸に回転運動していることに気付いたのである。
それはジャイロが使えるはず
大嶋が同僚の動作を見て回転運動を連想したのには,ある理由があった。それは大嶋がジャイロ・センサの研究開発を手掛けていたためである。ただ,彼がハワイを訪れる数カ月前に,その研究開発は残念ながら続行中止となってしまったのだが…。
ジャイロ・センサは回転運動の把握に絶大な威力を発揮する。当時,角速度を検出する新しいデバイスとして,部品メーカーの関心を集めていた。松下電器産業の研究部門も1980年,ジャイロ・センサの開発に乗り出す。きっかけはホンダが同年に発売したカーナビである。クルマの進行方向を把握するために,民生用途として初めてジャイロを搭載したのだ。
大嶋が属する研究グループも,カーナビ市場を念頭にジャイロ・センサの技術開発に取り組んだ。しかし,その道のりは平坦ではなかった。研究グループは新規性を重視し,セラミックス材料を用いた振動ジャイロの実用化を目指す。ホンダが採用したガス・レート・ジャイロなどに比べて,小型で低価格に実現できるとも踏んでいた。しかし,なかなか所望の性能を得られない。試作まではこぎ着けたものの紆余曲折の末,研究グループはあえなく解散となってしまったのだった。
「ひょっとしたら,ジャイロのいい応用先になるかもしれないな」
その時,大嶋にはジャイロに関するいくばくかの挫折感があったのかもしれない。ビデオ・カメラのブレの原因が回転運動にあると気付いた瞬間,「これをぜひ研究テーマにしたい」という気持ちがムクムクとわいてきた。振動ジャイロでカメラの角速度を検出すれば,ブレの量が分かる。そうすれば,ブレを抑え込む新しい技術につながる可能性があるのではないか。カーナビ用途では頓挫した振動ジャイロが,ひょっとしたら別の用途で花開くかもしれない…。そう思うと,居ても立ってもいられない。帰国した大嶋は,すぐに技術検討を始めることになる。
―― 次回へ続く ――