前回から続く
米Texas Instruments Inc.はDLP技術を使ったリア・プロジェクション型テレビ の実現を目指していた。

 米Texas Instruments Inc.のLarry J. Hornbeckが
精魂を懸けて開発したミラー・デバイス「DMD」。
フロント・プロジェクタに順調に採用され
国内のテレビ・メーカーからの関心も日増しに高まる。
リアプロへの利用もじわじわと進む。
業務用のマルチ・ディスプレイでも
果敢に実用化に挑戦したメーカーがあった。

「うーん,これはひょっとすると,すごいデバイスなのかもしれないな」

 三菱電機で,業務用のマルチ・ディスプレイの開発を担当していた寺本浩平。1993年5月――。偶然読んでいた雑誌の中にふと見つけた,米Texas Instruments Inc.(TI社)のDMD(digital micromirror device)に関する小さな小さな記事。読み飛ばしそうになった彼を引き止めたのは「Siウエハーを使う」というくだりだった。

「Siで製造できるということは大量生産時に低価格化できるということか。これは俺が待ち望んでいたデバイスの大転換なのかもしれない」

 寺本は,三菱電機に入社してオーディオ部門を長年担当した後,業務用のマルチ・ディスプレイの開発部に異動していた。警察署や消防署のコントロール・センターで利用する,監視用途のディスプレイなどの開発である。当時のマルチ・ディスプレイは,CRTテレビを複数個敷き詰めて1つの画面にするという構成が一般的だった。この方式は大画面化に課題があり,価格も高いためユーザーの満足度は低かった。

「市場が活性化するためには,何か全く新しい表示デバイスの登場が必要なのではないか…」

 寺本が雑誌の記事でDMDを知ったのはちょうどそんな時だった。

「ミラーを高速にスイッチングさせて,階調表現を実現するってわけか。で,スイッチングにはPWM変調を使うと…。なるほど。まるでオーディオのようだな」

 長年オーディオ技術に携わっていた寺本には,何かこれまでの表示技術とは異なる,新たな可能性が感じられる気がした。「これはディスプレイ技術として,面白いものになるかもしれない」。

「こんなにすごいのは久しぶり」

寺本浩平。現在は,三菱電機 リビング・デジタルメディア事業部 デジタルメ ディア事業部 主管技師長である。

 寺本の直感を裏付けるような出来事も起こった。DMDの記事を雑誌で見たちょうど1年後,今度の情報は海外からやって来た。

「寺本さん,すごい技術が出てるよ」

 三菱電機の同僚である佐藤尚宏からの国際電話だった。佐藤は,1994年に米国で開催された学会「SID(Society for Information Display International Symposium)」に情報収集に行っていた。話によれば,SIDに併設された展示会場で,TI社のDMDの実演を見たという。電話口で,佐藤がえらく興奮しているのが寺本にも伝わってくる。

「こんなに興奮したのは久しぶりだよ。これからファクスでレポートを送るから,それを見てくれない?」