前回から続く

 新たに考案した構造には,これまでLarryを苦しめてきたさまざまな問題を解決してくれる優位な点があった。

低電圧で駆動する

 まず,なんといっても傾く角度が圧倒的に大きいことだ。例えば±10度で傾けることができた。これまでのカンチレバー型ではここまで傾けられなかった。さらに,周囲の環境の変化や経時変化によらずに,傾く角度が常に一定にできた。中でも温度の変化の影響がないというのは非常に大きかった。そして,アドレス電極に印加する電圧が5V程度と,これまでに比較して格段に小さく済んだ。これで標準的なプロセス技術との親和性がグンと高まった。

ヒンジを境に,ミラーが左右に±10度ずつ傾くように設定した。図は申請した特 許の一部。
ヒンジを境に,ミラーが左右に±10度ずつ傾くように設定した。図は申請した特 許の一部。
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 以前開発していたカンチレバー型に比較すると,安定性が段違いに良くなった。このためLarryは新しいコンセプトのデバイスを,双安定(bistable)のDMDと呼んだ。最初に試作したチップは,512×1画素の直線型のミラー・アレイだった。プリンターへの適用を視野に入れて設計したものだ。DMDの応用展開を少しでも早く実現したいという狙いがそこにあった。

 Larryは出来上がった試作チップを使って,すぐさま各種の試験を開始した。明と暗を自在に制御できることを証明し,印刷の実演も行った。そして30米セントの経費を使って赤と青の色の付いた透明のプラスチック板も購入し,この板を使ってカラー・イメージを表すこともできた(下の「DMDを使ってカラー表示を実現する手法」参照)。Larryが追い求めていたものが,ついに手に入った瞬間だった。時は1987年11月。研究をやめようかと思ってから,1年もたってはいなかった。

DMDを使って
カラー表示を実現する手法

 DMDを使って映像を表示するまでの流れは,以下のようになる。まずDVDプレーヤなどの映像信号が,デジタル信号として専用のデジタル信号処理LSIで処理される。このLSIは,DMD駆動用ASICと呼ばれる。同ASICによってデジタルの映像信号が,DMDのスイッチング動作で表現できるように変更される。

 DMD駆動用ASICには,マイクロコントローラとしてARMコアが組み込まれており,画質補正や黒白伸長,誤差拡散,ガンマ補正後のカラー・マトリクスといった調整を実現できる。

 カラー表示を実現できるのは,光源からの光をR(赤色),G(緑色),B(青色)のカラー・ホイール(フィルタ)を通してDMDに入射させることによる。ここで単板式のDMDシステムの場合には,ミラーに反射した光がレンズを通過してスクリーンに投影される。大型プロジェクタやデジタル・シネマなどの場合には,RGBのそれぞれに1つのDMDを割り当てて使っている。いわゆる3板式である。

 現行のDLPシステムは,このDMDとDMD駆動用ASIC,外部のSDRAM,ビデオ信号のフロントエンドICなどで構成する。

電極パッドに突き刺さる

 Larryが心血を注ぎ,ついに完成したチップ。それが今,目の前にある。ただ,喜ぶのは早い。まだコンセプトを証明する程度のものにしかすぎなかったからだ。これでは実際に製品として応用していくことはできない。次にLarryは,ミラーの耐久性やスイッチングの特性などさまざまな項目の評価を開始した。