前回より続く

 雨堤氏はすぐに協力会社にお願いし,パート・タイムで働ける人を手配してもらう。そして数日後,10人規模の「おばちゃん軍団」が雨堤氏の元に集結した。

 さっそく作業の説明に入る。「皆さん,この紙ヤスリで缶の四つあるすべてのコーナ部を少しだけ削ってください。作業はできるだけ急いでお願いします」。

 そう言うなり,その場を立ち去ろうとした。ところがおばちゃんたちは納得しない。「この缶は何に使う缶なのか,なぜコーナ部を削らなければならないのか,説明して欲しい」と言い出したのだ。

 えーっ,何だって。なぜ,そんなことを説明する必要があるんだ。こっちはあせってるんだよ。時間がないんだ。とにかく一刻も早くコーナ部を削ってくれればいいんだよ。説明を受けたところで,作業が早まるわけでもないでしょ。

 「とにかく皆さんは,黙って指示に従ってくれればいいんです」。思わず口から出そうになった。だが,ここでおばちゃんたちの機嫌を損ねたら,本当に間に合わなくなるかもしれない。冷静に,冷静に。自分にそう言い聞かせ,いら立つ気持ちを抑え込む。

 「わかりました」。そういうなり,雨堤氏は矢継ぎ早に説明を始める。この缶はPHS電話機向けの新しい電池で使う外装缶であること,コーナ部を削ればレーザ加工時の歩留まりが上がること,そしてとても急いでいることなどを一気にまくし立てた。

 これでどうだ,文句あっか。心の中でこう叫びながら,雨堤氏は主婦たちの顔を見渡す。あまりわかった様子ではないな。ただ,とにかく急いでいる,という切迫感は伝わったみたいだ。皆すぐに作業に取り掛かってくれた注4)。「よろしくお願いします」。雨堤氏は,天にも祈る気持ちでその場を立ち去った。

注4)4面あるコーナ部をすべて削るには1分~2分程度かかったという。

ついに黄金週間へ突入

 数週間後,外装缶のコーナ部を削る作業が終わり,その缶を使うことでレーザ加工の歩留まりは著しく向上するようになる。「なんとかゴールが見えてきた。あと,ちょっとだ」。残るは2週間。ゴールデンウイークを目前に控えていた注5)

注5)このほか当時は,角型Liイオン2次電池用の充放電サイクル寿命試験機がなかった。外注している時間はないので,今まで別の電池で使っていた試験機を改良した。とりあえず,電池をセットするパレットだけ作ればなんとかなるが,そのパレットさえ注文している時間もない。そこで雨堤氏は部品だけを手に入れ,あとは自分で組み立てたという。

 ここで,またぞろ問題が発生する。さまざまな試験を終え,あとは出荷を待つだけの電池の中に,液漏れを起こすものが出てきたのだ。外装缶とフタとのレーザ加工部にピンホールがあるらしい。再加工している時間はない。すべての電池を何度も何度もチェックし,液漏れする電池は取り除いていくしかない。だが「いま液漏れしていない電池でも,いつか液漏れするのではないか」と不安になってきた。どうしよう…。

 「1年前に作った電池をもう一度見てみたらどうだ?アマちゃん」。雨堤氏の上司である生川訓氏のアドバイスだった。そうだ,それをチェックしてみよう。 1年前に試作品を作った際にも液漏れするものはあった。それは取り除いておいたはず。残りがいまでも平気なら,現在作っているものも大丈夫だろう。雨堤氏は実験室のスミに置かれていた古い電池をこわごわと取り出し,液漏れしているかどうかチェックした。